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【交通事故】物損 所有権留保の場合
自動車を分割払やローンで購入した場合,代金やローンの完済するまで売主やローン会社に自動車の所有権が留保されることがあります。
その場合,自動車の買主は,代金等を完済するまで自動車の所有権を有しないことになりますが,完済前に物損事故にあったとき,買主は損害賠償請求をすることができるのでしょうか。
一 全損の場合
全損には,物理的に修理が不能な場合(物理的全損)と,修理費が自動車の時価を上回り経済的に全損と扱われる場合(経済的全損)があり,自動車の事故時における時価相当額が損害となります(ただし,事故車両に経済的価値がある場合には,自動車の事故時における時価相当額から事故車両の売却代金を控除した差額)。
全損の場合,自動車の交換価値が滅失されたことが損害となりますので,自動車の交換価値を把握する自動車の所有者が損害賠償請求権を取得します。
そのため,買主が自動車の代金を完済していない場合には,自動車の所有権は売主にありますので,売主が損害賠償請求権を取得し,買主は損害賠償請求をすることはできないと解されます。
もっとも,事故後であっても,代金を完済すれば,買主は損害賠償請求をすることができるようになります。
また,経済的全損の場合,廃車せずに修理して使用を続けることもあります。その場合,買主は,修理費を負担することにはなりますが,時価相当額の範囲で損害賠償請求をすることができるものと考えられます。
二 修理費
買主が修理して修理費を負担した場合には,買主が修理費について損害賠償請求をすることができます。
修理していない場合でも,買主が修理費を負担する義務を負うときには,買主は修理費相当額の損害賠償請求をすることができると解されます。
三 代車使用料
買主が,修理期間中や買替期間中に,実際に代車を使用し,代車使用料を負担した場合には,買主は代車使用料について損害賠償請求をすることができます。
四 評価損
評価損は,自動車の交換価値が低下したことによる損害ですから,自動車の交換価値を把握する自動車の所有者の損害です。
そのため,代金等を完済するまでは,買主は評価損について損害賠償請求をすることはできないと解されます。
五 まとめ
全損や評価損のように自動車の交換価値が滅失・低下したことによる損害については,自動車の交換価値を把握する所有者の損害となるため,完済していない場合には買主が損害賠償請求することができないのが原則です(もっとも,買主の損害賠償請求を認めた裁判例もありますので,争う余地がないわけではありません。所有権留保は担保の趣旨であり,実質的な所有者は買主であると考えることもできるのではないでしょうか。)。
これに対し,修理費や代車料等,買主が負担するものについては,買主の損害として,損害賠償請求することができると解されます。
所有権留保の場合,買主と売主等との契約内容によって結論が異なる可能性がありますので,契約内容の確認をすべきでしょう。
【交通事故】交通事故の損害 弁護士費用
交通事故の被害者が負担する弁護士費用も交通事故の損害となります。
1 弁護士費用を加害者に負担させることができるか
(1)判決の場合
民事訴訟では,判決で訴訟費用を敗訴者に負担させることができますが,弁護士費用は訴訟費用には含まれないため,被害者が弁護士に依頼して弁護士費用を負担しても,訴訟費用として加害者に負担させることはできません。
そこで,被害者が負担する弁護士費用について,交通事故の損害として,加害者に賠償させることができるかどうか問題となりますが,相当な範囲であれば交通事故の損害として,加害者に負担させることはできます。
不法行為の被害者が自分で訴訟活動をすることは容易ではなく,弁護士に依頼するのでなければ十分な訴訟活動をすることはできないため,不法行為の被害者が弁護士に依頼した場合の弁護士費用は,相当な範囲内のものであれば,不法行為と相当因果関係のある損害であると考えられるからです。
(2)示談,調停,和解の場合
示談,調停,和解は当事者の合意により成立しますので,弁護士費用を損害として加害者に負担させることができるかどうかは当事者次第ではありますが,調整金として支払額に上乗せされることがあります。
2 弁護士費用は,どの程度,損害として認められるのか
交通事故の被害者が弁護士に依頼した場合,その弁護士費用の全額が,交通事故の損害と認められるわけではありません。
実務上,交通事故の損害賠償請求訴訟では,請求認容額の10%程度に相当する額が,弁護士費用として交通事故と相当因果関係のある損害と認められることが多いです。
もっとも,必ず10%ということではなく,事件の難易等,事案によって異なります。
認容額が高額な場合には10%を下回ることがありますし,逆に認容額が少額な場合には10%を上回ることがあります。
3 弁護士費用特約がある場合
被害者が弁護士費用特約を利用した場合には,被害者が負担する弁護士費用について保険金が支払われます。
その場合でも弁護士費用が損害にあたるかどうか問題となりますが,弁護士費用特約を利用したことにより支払われる保険金は,被害者側が支払った保険料の対価ですから,被害者が弁護士費用特約を利用した場合であっても,弁護士費用は交通事故の損害となると考えられます。
【交通事故】交通事故と保険
交通事故に関する保険として,主なものは以下のとおりです。
一 自動車損害賠償責任保険・共済(自賠責保険・自賠責共済)
強制保険(保険契約の締結が強制される保険)であり,自賠責保険・共済に加入していない自動車の運行は禁止されています。
人損についての保険であり,保険金の限度額が定められておりますが,被害者保護の観点から過失相殺が制限されています。
また,後遺障害等級認定制度があります。
二 任意保険(自動車保険)
自賠責保険(共済)は保険金の限度額が定められており,自賠責保険(共済)だけでは,損害の填補ができない場合がありますので,自賠責保険(共済)に上乗せして,任意保険(自動車保険)に加入するのが一般的です。
任意保険(自動車保険)の内容は,保険会社や保険契約により異なりますが,概ね以下のようなものがあります。
なお,他にも様々な特約があります。
1 人損
(1)対人賠償責任保険
自動車事故の人損について,被保険者が被害者に対し損害賠償責任を負うことによる損害を填補する保険です。
保険会社の示談代行サービスがあることが通常です。
(2)傷害保険
被保険者自身の人損について填補する保険です。
①自損事故保険
被保険者が死傷した場合で,単独事故や加害者に運行供用者責任を問えないときに支払われます。
②搭乗者傷害保険
被保険車の搭乗者が搭乗中の事故で死傷した場合に支払われます。
③無保険者傷害保険
相手方自動車が無保険自動車である場合に支払われます。
保険会社は,保険金を支払ったときには,被保険者の加害者に対する損害賠償請求を代位取得します。
④人身傷害保険
被保険者の人損について,責任の有無や過失割合を問わず,保険契約上の損害算定基準により算定された金額が支払われます。
保険会社は,保険金を支払ったときには,被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得します。なお,過失相殺がある場合には,保険会社が代位する範囲が問題となります。
2 物損
(1)対物賠償責任保険
自動車事故の物損について損害賠償責任を負うことによる損害を填補する保険です。
(2)車両保険
被保険自動車に生じた物損を填補するものです。
保険会社は,保険金を支払ったときには,被保険者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得します。
3 弁護士費用等補償特約(弁護士費用特約)
被保険者が交通事故にあった場合,被保険者(被保険者が亡くなった場合には,相続人)が加害者に損害賠償請求をして弁護士費用等を負担したときに,一定の限度で保険金が支払われます。
三 社会保険
1 労働者災害補償保険(労災保険)
労働者が業務上または通勤途上で災害にあい,死傷した場合に保険給付がなされます。
交通事故も災害にあたるため,労働者が業務上または通勤途上で交通事故にあった場合には,労災保険を利用することが考えられます。
2 健康保険
交通事故にあった場合にも,健康保険を利用することができます。
被害者に過失がある場合,治療費が高額になることが見込まれる場合,加害者の支払能力に問題がある場合には,自由診療ではなく,健康保険を利用することを検討したほうが良いでしょう。
四 その他
生命保険や医療保険も利用できます。
損害を填補する趣旨ではないので,被害者の加害者に対する損害賠償請求額に影響はありません。
【交通事故】休業損害(事業所得者)
1 事業所得者の休業損害
休業損害とは,交通事故による傷害の治療のため,休業し,収入を得ることができなかったことによる損害です。
事業所得者の場合,①前年の所得と休業した年の所得を比較し,その減少分から休業損害額を算定する方法や,②確定申告書等の資料に基づいて,1日あたりの基礎収入額を計算し,その金額に休業日数を乗じて休業損害額を計算する方法があります。
2 休業損害算定の資料
確定申告書とその添付書類(収支内訳書,青色申告決算書),課税証明書等の資料を基に計算します。
通常は,事故の前年の確定申告を基に計算しますが,変動がある場合には複数年分の資料に基づいて計算することもあります。
過少申告の場合には,実際の収入や所得に基づいて休業損害を算定することが考えられますが,申告以上の収入があったことを立証できるかどうか問題となります。
また,働いていたが確定申告をしていない場合には,収入をどのように立証するか問題となります。
3 固定費等の扱い
賃料,従業員の給料,減価償却費等の固定費については,休業中も支出を免れることができなかったので損害にあたると考えられます。
そこで,収入(売上)から固定費を差し引かない,または,申告所得に固定費を加えて休業損害を算定します。
例えば,1年間の収入(売上)が1000万円で経費が400万円(うち固定費が130万円)で所得が600万円の場合,1日当たりの基礎収入額は,2万円となり,これに休業日数を乗じて,休業損害額を計算します。
計算式:休業損害額=(所得600万円+固定費130万円)÷365日×休業日数
=2万円/日×休業日数
また,青色申告の場合には,収入(売上)から青色申告特別控除額を差し引かない,または,所得に青色申告特別控除額を加えて休業損害を算定します。
4 家族で事業をしている場合
事業所得の中に,家族の寄与がある場合には,被害者本人の寄与割合を考慮する必要があります。
また,家族に給与が支払われているが,家族は実際に働いていない場合には,被害者本人の申告所得額に家族に支払った給与額を加えて,休業損害額を算定することも考えられます。
五 赤字申告の場合
実際は,黒字であるのに赤字申告をしていた場合には,実際の収入や所得に基づいて休業損害を算定することが考えられますが,実際の収入を立証することができるかどうか問題となります。
また,申告内容が正しい場合であっても,固定費を考慮すれば,休業損害が認められることがありますし,休業により赤字が拡大した場合には,損失の拡大分について損害と認められることがあります。
【交通事故】自転車が加害者となる交通事故
交通事故には,自動車が加害者となる事故(自動車同士の事故,自動車と自転車の事故,自動車と歩行者の事故)以外に,自転車が加害者となる事故(自転車同士の事故,自転車と歩行者の事故)があります。 いずれの場合も,被害者は,加害者に対し,損害賠償請求することができますが,自転車が加害者となる交通事故には,以下のような特徴があります。
一 自動車損害賠償保障法が適用されないこと
自動車損害賠償保障法は,「自動車の運行によって人の生命または身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより,被害者の保護を図り,あわせて自動車運送の健全な発達に資することを目的とする」法律ですので(同法1条),自転車が加害者となる交通事故には適用がありません。
そのため,自転車が加害者となる事故には,①運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)はありませんし,②自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)または自動車損害賠償責任共済(自賠責共済)のような強制保険(自動車損害賠償保障法5条)はありませんし,③政府の自動車損害賠償保障事業による損害の填補はありません。
二 任意保険
自動車が加害者となる交通事故については,被害者に重大な損害が発生し,損害賠償額が高額になることが多々あるため,自動車の所有者は,自賠責保険とは別に任意保険に入っていることが通常です。
これに対し,自転車が加害者となる交通事故についても,任意保険として自転車保険がありますが,現状,自動車の場合程,任意保険に入ることが一般的となっているわけではありません。
自転車保険以外にも,自転車が加害者となる交通事故については,個人賠償責任保険で対応することができます。個人賠償責任保険は火災保険等の特約になっていることがよくありますし,家族の保険が使える場合もありますので,交通事故を起こしてしまった場合には,加入している保険をよく確認すべきです。
自転車が加害者となる事故であっても,被害者が重大な損害を被り,損害額が高額になる場合がありますし,自賠責保険のような強制保険がないので,自転車を所有する人は,任意保険に入りましょう。
三 後遺障害の等級認定
自動車が加害者となる交通事故の場合,自賠責保険制度があり,自賠責損害調査事務所等により後遺障害の等級が認定されますので,被害者は,認定された後遺障害等級に基づいて後遺障害慰謝料や逸失利益を算定し損害賠償請求することができます。
これに対し,自転車が加害者となる交通事故の場合,自賠責保険制度がなく,後遺障害の等級が認定されることもありません。そのため,被害者が,後遺障害慰謝料や逸失利益について損害賠償請求するには,自ら後遺障害の有無や程度を主張,立証しなければなりません。後遺障害の主張立証には,専門知識が必要ですので,弁護士に相談依頼することを検討すべきでしょう。
なお,自転車加害事故であっても,労災保険の適用がある場合には,労災保険で後遺障害の等級認定を受けることができますので,その認定に基づいて,後遺障害慰謝料や逸失利益を算定し損害賠償請求することが考えられます。
【交通事故】交通事故による損害賠償請求権の消滅時効
交通事故の傷害の程度が重い場合や,後遺障害の等級認定が問題となる場合には交通事故が発生してから何年間も損害賠償の問題が解決しないことがあります。
その場合には,損害賠償請求権が消滅時効にかからないように注意しましょう。
※令和2年4月1日に施行された改正民法により,消滅時効制度の内容が変わりました。このページは改正前の制度について説明しておりますのでご注意ください。
一 時効期間
交通事故による損害賠償請求権は,不法行為に基づく損害賠償請求権です。
不法行為による損害賠償請求ができる期間について,民法724条は「不法行為による損害賠償の請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知ったときから3年間行使しないときは時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも同様とする。」と規定しております。
そのため,交通事故による損害賠償請求権についても,被害者または法定代理人が,「損害及び加害者を知ったときから3年間」で消滅時効にかかりますし,「不法行為の時から20年」の除斥期間を経過することにより権利行使ができなくなります。
なお,交通事故による損害賠償請求については,民法上の不法行為責任を追及するほか,自動車損害賠償保障法の運行供用者責任を追及することがありますが,運行供用者責任を追及することができる期間についても,民法724条が適用されます(自動車損害賠償保障法4条)。
二 消滅時効の起算点
1後遺障害がない場合
消滅時効の起算点(時効の進行が開始する時点)は「損害及び加害者を知ったときから」です。
「損害…を知ったとき」とは,損害の発生を現実に認識したときであると解されております。
また,「加害者を知ったとき」とは,加害者に対する損害賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度に知ったときであると解されております。
通常は事故があった日に損害が発生や加害者を知ることになりますので,交通事故があった日が起算点となります。
もっとも,損害や加害者を知ったのが事故日より後の場合には,知ったときが起算点となりますので,時効の起算点がいつか争いになることもあります。
2 後遺障害がある場合
後遺障害の場合には,通常,症状固定日には後遺障害に関する損害が発生したことを知ることができますので,症状固定日が起算点になると解されております。
もっとも,症状固定日後に予期せぬ後遺症が発症することもあり,その場合には,後遺症があらわれたときに損害が発生したことを知りますので,その後遺症があわられたときが起算点になると解されます。
三 時効の中断
損害賠償請求権が消滅時効にかかるのを防ぐには,時効を中断させる必要があります。
時効は,①請求,②差押え,仮差押え又は仮処分,③承認により中断します(民法147条)。
時効が中断した場合には,中断事由が終了したときから,新たに進行を始めます(民法157条1項)。
1 請求
被害者が,加害者に対し,裁判上の請求その他の裁判所の関与する手続をとること(民法149条から152条)や,裁判外で催告すること(民法153条)により,時効は中断します。裁判外で催告した場合には,6か月以内に,裁判上の請求その他の裁判所の関与する手続をとらなければ,時効中断の効力は生じません(民法153条)。
なお,自賠責保険の後遺障害等級認定に異議申立てをしても,請求にはあたりませんので,時効は中断しません。
2 承認
加害者が債務の存在を認めたり,一部弁済をしたりすることは,債務の承認にあたり,時効は中断します。
また,任意保険会社が被害者に対し支払をすることも,任意保険会社は加害者を代理して行っておりますので,債務の承認にあたると解されます。
これに対し,被害者が自賠責保険に被害者請求して保険金の支払を得たり,自賠責保険会社から時効中断承認書をもらったりしても,加害者が債務を承認したことにはなりませんので,時効は中断しません。
四 まとめ
以上のとおり,交通事故の損害賠償請求権は短期消滅時効にかかるため,損害賠償請求は時効にかからないよう早めにおこないましょう。
また,解決まで長期間を要する場合には,時効が中断しているかどうか注意しましょう。
【交通事故】運行供用者責任
交通事故により他人に損害を与えた場合,民法の不法行為責任を負いますが(民法709条,民法715条等),それとは別に,自動車損害賠償保障法3条は運行供用者責任を規定し,人身事故の被害者の保護を図っております。
これから,運行供用者責任について簡単に説明します。
一 運行供用者責任とは
自己のために自動車を運行の用に供する者(「運行供用者」といいます)は,その運行によって他人の生命または身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責任を負います(自動車損害賠償保障法3条本文)。この責任を運行供用者責任といいます。
運行供用者責任には,以下のような特徴があります。
①証明責任の転換,事実上の無過失責任
民法709条の不法行為責任では被害者が加害者の過失を立証しなければなりませんが,運行供用者責任では証明責任が転換されており,運行供用者は免責要件に該当することを証明しない限り,責任を負います(自動車損害賠償保障法3条)。
また,免責の要件も厳格に解されており,事実上の無過失責任とされております。
②責任を負う者の範囲の拡大
自動車を運転していなくても,運行供用者であれば責任を負います。
③人身事故に限定
運行供用者責任は,人身損害(人損)に限定されております。
物損については,民法の不法行為(民法709条等)の規定により責任追及することになります。
二 運行供用者責任の要件
自己のために自動車を運行の用に供する者(運行供用者)は,その運行によって他人の生命または身体を害したときは,これによって生じた損害を賠償する責任を負います(自動車損害賠償保障法3条本文)。
1 運行供用者とは
運行供用者とは,自動車の運行について運行支配と運行利益が帰属する者をいうと解されています。
これは危険責任(危険な物を支配する者は重い責任を負うべきであるとする考え)や報償責任(利益を得る者は,それによる損失も負うべきであるとする考え)を根拠とします。
もっとも,被害者救済の観点から,運行供用者性を広く認める傾向にあり,運行供用者性の判断基準については運行支配の要件だけで足りるとする見解等,様々な見解があります。
自動車の所有者は,通常,自動車の運行を支配し,運行による利益が帰属しますので,運行供用者であると認められますが,自動車が盗難された場合や所有権留保の場合等,運行供用者性が否定されることもあります。
2 「運行によって」とは
(1)「運行」とは
「運行」とは「人又は物を運送するとしないとにかかわらず,自動車を当該装置の用い方に従い用いること」をいいます(自動車損害賠償保障法2条2項)。
「当該装置」とは,エンジンやハンドル,ブレーキ等の走行装置のほかに,クレーン車のクレーンやフォークリフトのフォーク等,特殊自動車に固有の装置までも含むと解されています。
また,走行中の場合だけでなく,駐停車している場合であっても,運行にあたると解されております。
(2)「によって」とは
「によって」とは,運行と事故との間に相当因果関係があることをいうと解されています。
自動車の危険な運転を避けるために転倒した場合(非接触事故),走行中に積み荷が落下した場合等,運行と事故との間に相当因果関係があれば,運行供用者責任が認められます。
3 「他人」とは
「他人」とは運行供用者及び自動車の運転者(「他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者」自動車損害賠償保障法2条3項)以外の人のことをいうと解されております。
運行供用者や運転者の生命または身体が害されても,「他人」にあたらないため,運行供用者責任は認められません。
三 運行供用者責任が免責される場合
運行供用者が,
①自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと
②被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと
③自動車に構造上の欠陥又は機能に障害がなかったこと
を証明したときは,責任を負いません(自動車損害賠償法3条但書)。
これらの免責要件は,厳格に解されており,事実上の無過失責任であるといえます。
四 自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)・自動車損害賠償責任共済(自賠責共済)
人身事故の被害者救済の観点から,運行供用者責任が規定されておりますが,加害者に資力がなければ被害回復が図れないため,それだけでは不十分です。
そこで,自動車損害賠償保障法は,自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)または自動車損害賠償責任共済の契約の締結を強制することで,被害者救済を図っています(自動車損害賠償保障法5条)。
もっとも,自賠責保険・自賠責共済には限度額があり,それだけでは被害者に十分な賠償ができないことが通常であるため,自動車の保有者は,任意保険に加入しておくべきです。
【交通事故】給与所得者の休業損害
一 給与所得者の休業損害
休業損害とは,交通事故による傷害の治療のため,休業し,収入を得ることができなかったことによる損害です。
原則として,1日あたりの収入(基礎収入)に休業日数を乗じて計算します。
計算式:給与所得者の休業損害=1日あたりの基礎収入×休業日数
休業損害立証の資料としては,休業損害証明書や源泉徴収票等があります。
休業損害証明書は,休業したことを証明する書類で,勤務先に作成してもらいます。休業損害証明書には,休業日数や,事故前3か月の給与額等が記載されており,これを基に休業損害を算定するのが通常です。
なお,給与の支払に際しては,所得税や住民税といった税金や社会保険料が控除されますが,休業損害の算定においては,税金や社会保険料は控除しないのが一般的です。
二 休業したことにより賞与の減額等があった場合
休業したことにより賞与の減額・不支給があった場合には,本来支払われるはずであった金額と実際に支払われた金額との差額が損害となり得ます。
また,休業したことにより降格し,収入が減った場合や,昇給,昇格が遅延し,収入が増えなかった場合も,損害となり得ます。
これらの場合,事故との相当因果関係が立証できるかどうかが問題となります。
三 有給休暇を使用した場合
有給休暇を使用した場合,現実の収入の減少はありません。
しかし,有給休暇の使用は,労働者の権利であり,財産的価値があるといえます。
そのため,事故が原因で有給休暇を使用させられた場合には,休業損害が認められます。
四 事故後に退職した場合,事故後に解雇された場合
事故後に退職した場合や事故後に解雇された場合であっても,事故との相当因果関係が認められる範囲で,退職・解雇した後も休業損害が認められます。
【交通事故】休業損害
一 休業損害とは
休業損害とは,交通事故による傷害の治療のため,休業し,収入を得ることができなかったことによる損害です。
治療が終了した日(症状固定日)より後に収入が得ることができなかった分については,後遺症逸失利益の問題となりますので,休業損害は,交通事故が発生してから治療が終了した日(症状固定日)までに休業したことによる損害です。
原則として,1日あたりの収入(基礎収入)に休業日数を乗じて計算します。
(計算式:給与所得者の休業損害=1日あたりの基礎収入×休業日数)
休業損害は,職業によって計算の仕方が異なりますので,以下,職業ごとに説明します。
二 給与所得者(会社員等)
給与所得者の休業損害については,休業損害証明書や源泉徴収票で立証します。
有給休暇を使用した場合も休業損害と認められます。
給与所得者の休業損害については別に説明します。
三 事業所得者(個人事業者)
原則として,確定申告書により基礎収入を計算します。
事業所得者の休業損害については別に説明します。
四 会社役員
会社役員の役員報酬については,労務提供の対価としての部分と利益配当としての部分があり,原則として,労務対価部分については休業損害と認められますが,利益配当部分については休業損害とは認められません。
労務対価部分と利益配当部分をどのように区分するのか問題となります。
五 不労所得者
不動産を賃貸している者等不労所得者は,休業しても収入が得られるので,原則として,休業損害は認められません。
ただし,被害者が事故前より不動産の管理を行っていたが,受傷により不動産の管理ができなり,他者に管理料を支払って管理してもらった場合等,労務の提供があった場合にはその範囲で損害と認められることはあるでしょう。
六 家事従事者
家事従事者には収入はありませんが,家事労働についても経済的な価値がありますので,受傷により家事労働できなかった場合には休業損害が認められます。
通常,賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,学歴計,女性労働者の全年齢平均の賃金額(高齢者の場合には年齢別の平均賃金)を基礎収入とし,受傷により家事労働に従事できなかった期間について,休業損害が認められます。
パートタイマー等の兼業主婦については,現実の収入額と女性労働者の平均賃金額の高い方の金額を基礎収入として計算します。
なお,傷害の内容や程度によっては,受傷から治療終了までの間,全く家事労働ができないわけではないので,休業日数をどのように算定するか問題となり,例えば,入院期間中は100%,退院後,○か月間は○○%,その後は○○%というように,段階的に家事労働ができない割合を逓減させて,休業損害を計算することがあります。
七 失業者
収入の減少がないので,原則として休業損害は認められません。
ただし,労働能力及び労働意欲があり,就労の蓋然性がある場合には休業損害が認められることはありますが,基礎収入は平均賃金を下回るものと考えられます。
八 学生
原則として休業損害は認められませんが,収入があれば認められます。
就職が遅れたことによる損害は認められます。
【交通事故】人身傷害保険(人身傷害補償特約)と過失相殺
一 事例
私は,交通事故にあったことから人身傷害保険をつかい,600万円を受領しましたが,人身傷害保険をつかった後でも,未填補の損害があれば加害者に損害賠償請求できると聞きました。
そこで,私は加害者に損害賠償請求しようか検討していますが,今回の交通事故では私にも落ち度がありました。
仮に,裁判をした場合,損害額が1000万円と認定されたとしても,私の過失が5割となった場合には,過失相殺後の損害賠償請求権の額は500万円となってしまいます。
その場合,私は,既に人身傷害保険により600万円の支払を受けているので,加害者に損害賠償請求をすることはできないのでしょうか。
二 人身傷害保険(人身傷害補償特約)とは
人身傷害保険とは,交通事故の被害者が,傷害を被った場合,後遺障害が残った場合,または死亡した場合に,保険会社から,保険契約に定める基準に基づいて算定した損害額相当の保険金の支払を受けることができる保険です(自動車保険の特約の一つとして「人身傷害補償特約」ともいいます。)。
損害の填補にあたりますので,保険金を支払った保険会社は,被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得します。
保険金額は保険契約に定める基準(人傷基準)により算定するため,訴訟基準(裁判基準)により算定する損害額とは異なります。人傷基準で算定した金額は訴訟基準で算定した損害額より低くなり,被害者には未填補の損害額があることが通常です。
そのため,保険金の支払を受けた被害者は,未填補の損害額について加害者に損害賠償請求をすることができますので,人身傷害保険金の支払を受けた被害者の方は,さらに加害者に対し損害賠償請求をすることができないか,忘れずに検討しましょう。
三 過失相殺がある場合
では,被害者に過失があり,過失相殺される場合,人身傷害保険金の支払を受けた被害者は,どの範囲で加害者に損害賠償請求することができるのでしょうか。
この点については,絶対説,比例説,人傷基準差額説,訴訟基準差額説(裁判基準差額説)といった複数の説がありましたが,判例上,訴訟基準差額説がとられております。
訴訟基準差額説では,保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が,訴訟基準で算定した損害額を上回る場合に限り,その上回る部分の範囲で保険会社は代位取得します。
その結果,被害者は,過失相殺後の損害賠償請求権の額から,保険会社が代位取得した金額を控除した金額について,加害者に対し損害賠償請求をすることができます。
事例の場合,保険金額600万円と過失相殺後の損害賠償請求権の額500万円との合計額は1100万円であり,訴訟基準で算定した損害額1000万円を上回る100万円について保険会社は代位取得します。そして,被害者は,過失相殺後の損害賠償請求権の額500万円から保険会社が代位取得した100万円を控除した額である400万円について,被害者に対し損害賠償請求をすることができます。
四 まとめ
事例の場合,被害者は,5割の過失があったとしても,被害者に対し,400万円の損害賠償請求をすることができます。
その結果,被害者は,保険金600万円と被害者からの損害賠償金400万円の合計1000万円の支払を受けることができたことになり,訴訟基準での過失相殺前の損害額1000万円と同額の支払を受けることができ,損害全額の填補が受けられたことになります。
したがって,人身傷害保険を利用することで,過失相殺による損害の填補額の減額を回避することができますので(被害者の過失が大きい場合には,過失相殺される金額が保険金額を上回るため,被害者は損害全額の填補が受けられるわけではありませんが,保険金が支払われた分,減額される金額は低くなります。),被害者に過失がある場合には,人身傷害保険を利用すべきです。
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