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【相続・遺言】被相続人の療養看護と寄与分・特別寄与料

2022-06-06

相続人が被相続人の介護等の療養看護をしていた場合、その相続人には寄与分が認められることがあります。

また、相続人の配偶者等相続人以外の被相続人の親族が被相続人の療養看護をしていた場合には、その親族には特別寄与料が認められることがあります。

 

一 療養看護と寄与分

1 寄与分の制度

共同相続人の中に、被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした相続人がいる場合は、その相続人の相続分を算定する際に寄与分が加算されます(民法904条の2)。

 

寄与分は共同相続人間の公平を図る制度です。

 

2 どのような場合に寄与分が認められるか

相続人が被相続人の介護等の療養看護をしていた場合、その療養看護が「被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与」にあたるときは、療養看護をした相続人に寄与分が認められます(民法904条の2第1項)。

 

(1)特別の寄与

特別の寄与といえるには、被相続人との身分関係に基づいて通常期待される程度を超えることが必要です。

被相続人に療養看護の必要性がある場合(要介護度が2以上が目安となります。)に無償(又は無償に近い状況)で、相当な期間継続して、専従して被相続人の療養看護を行っていたことが必要となります。

療養看護の必要性がなかった場合、相当な対価を得ていた場合、ごく短期間の場合、片手間で行っていた場合には、特別の寄与とはいえません。

 

(2)被相続人の財産の維持又は増加

療養看護により被相続人の財産が維持又は増加したことが必要となりますから、療養看護により看護費用の支出を免れたことが必要となります。

療養看護により被相続人が精神的に楽になったというだけでは足りません。

 

3 寄与分額

寄与分額は、まずは当事者間の協議で定めます。協議が調わないとき又は協議ができないときは、家庭裁判所が、寄与者の請求により、寄与の時期、方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して定めます(民法904条の2第2項)。

 

寄与分は、被相続人が相続開始時に有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることはできません(民法904条の2第3項)。

 

 

療養看護の場合、寄与分額は、報酬額(日当)に療養看護した日数を乗じた金額に裁量割合を乗じて計算するのが一般的です。

 

寄与分額=報酬額×療養看護の日数×裁量割合

 

報酬額は、介護保険の介護報酬基準額によります。

 

療養看護の日数については、基本的に被相続人が要介護2以上の状態になっていた期間です。被相続人の入院期間や施設入所期間、介護サービスを受けていた期間は療養看護の日数から除かれます。

 

相続人による療養看護は職業人による療養看護ではないこと、親族として扶養義務があること等から、寄与分額を算定するにあたって裁量割合を乗じて減額されます。

 

二 療養看護と特別寄与料

1 特別寄与料の制度

相続法の改正(2019年7月1日施行)により、被相続人に対して無償で療養看護その他の労務を提供して被相続人の財産の維持又は増加に特別の寄与をした被相続人の親族は、相続開始後、相続人に対し寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求することができるようになりました(民法1050条)。

 

なお、改正前は、相続人の配偶者等の親族が被相続人の療養看護を行っていた場合には、相続人の履行補助者による療養看護と評価して相続人の寄与分と認められることがありました。改正後もこのような扱いをすることはできると考えられています。

 

2 特別寄与料の要件

特別寄与料が請求できるのは、①被相続人の親族(相続人、相続放棄をした人、欠格・廃除により相続権を失った人は除かれます)が、②被相続人に対して無償で療養看護その他の労務を提供したことにより、③被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした場合です(民法1050条1項)。

 

3 特別寄与料の額

特別寄与者は寄与に応じた額の金銭の支払を請求することができます(民法1050条1項)。

特別寄与料の支払については、まずは当事者間の協議で定めます。協議が調わないとき又は協議ができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができ(民法1050条2項)、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して特別寄与料の額を定めます(民法1050条3項)。

 

特別寄与料の額は、被相続人が相続開始時に有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることはできません(民法1050条4項)。

 

相続人が複数いる場合には、各相続人は、特別寄与料の額に法定相続分又は指定相続分を乗じた額を負担します(民法1050条4項)。

 

具体的な特別寄与料の金額の算定については、寄与分の場合の算定方法が参考となります。

 

4 請求期間

特別寄与者が家庭裁判所に協議に代わる処分を請求することができるのは、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月以内または相続開始時から1年以内です(民法1050条2項但書)。

権利行使できる期間は短期間なので注意しましょう。

 

【相続・遺言】遺産分割の付随問題

2022-04-20

遺産分割に付随する問題として、①使途不明金、②遺産収益、③遺産管理費用、④葬儀費用、⑤相続債務、⑥祭祀承継等について争いとなることがあります。

 

第1 使途不明金

1 相続開始前の預貯金の引出し

被相続人の預貯金の口座から使途不明の引出しがある場合、誰が引出し、何に使われたのか共同相続人間で争いとなることがあります。

被相続人が自分で引き出して使用した場合や被相続人以外の人が引き出した場合であっても被相続人のために適正に使用された場合には基本的に問題とならないでしょうが、そうでない場合には、被相続人は預貯金を引き出した人に対し損害賠償請求または不当利得返還請求ができることがあります。

これらの請求権は相続開始後は相続財産になりますが、可分債権であり、相続開始により各共同相続人に法定相続分に応じて当然に分割されるため、遺産分割の対象とはなりません。

遺産分割の対象とならない場合であっても、共同相続人全員で合意ができれば、遺産分割手続の中で解決することもできますが、合意ができない場合には、民事訴訟等で解決することになります。

 

なお、引き出した預貯金が別の相続財産として存在している場合には、その財産の種類によって、遺産分割の対象となること(現金として残っている場合)もあれば、可分債権として各共同相続人の法定相続分に応じて当然に分割されること(貸付金に当たる場合)もあります。

また、引き出された預貯金の使途が被相続人から相続人への贈与である場合には特別受益の問題となることもあります。

 

2 相続開始後の預貯金の引出し

相続開始後に被相続人の預貯金が引き出された場合、相続人は預貯金を引き出した人に対し、損害賠償請求または不当利得返還請求ができることがあります。

これらの請求権は相続開始後に発生したものであり、相続財産ではありませんので、遺産分割の対象とはなりません。

 

遺産分割の対象とならない場合であっても、相続人全員で合意ができれば、遺産分割手続の中で解決することもできますが、合意ができなければ、民事訴訟等で解決することになります。

なお、引き出した預貯金を相続債務、葬儀費用、遺産管理の費用の支払いにあてた場合であっても、これらは遺産分割の対象とはなりませんので、相続人全員の合意ができなければ民事訴訟等で解決を図ることになります。

 

また、相続法の改正により、遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲についての規定(民法906条の2)が設けられ(2019年7月1日施行)、施行日以降に開始した相続については、共同相続人全員の同意がある場合(相続人の一部が財産を処分した場合には、その相続人の同意は不要です。)には、遺産分割前に処分された財産について遺産として存在するものとみなして、遺産分割の対象とすることができます。

 

第2 遺産収益

相続開始後に遺産から発生する収益や果実のことを遺産収益といいます。

遺産である不動産の賃料収入、株式の配当金、預貯金の利息等がこれにあたります。

 

遺産収益は相続財産ではないため、遺産分割の対象とはならないのが原則です。

共同相続人間で分配について争いがある場合には不当利得返還請求訴訟等の民事訴訟手続で解決することになります。

ただし、遺産分割の当事者が合意すれば、遺産分割の対象とすることができます。

 

第3 遺産管理費用

相続開始後に遺産を管理するために生じた費用のことであり、遺産である不動産の固定資産税、火災保険料等がこれにあたります。

 

遺産管理費用は相続財産ではないため、遺産分割の対象とはならないのが原則です。

共同相続人間で負担について争いがある場合には不当利得返還請求訴訟等の民事訴訟手続で解決することになります。

ただし、遺産分割の当事者が合意すれば、遺産分割において清算することができます。

 

第4 葬儀費用

葬儀費用は遺産分割の対象とはなりません。

葬儀費用を誰が負担することになるかについては、相続人が共同で負担するとする見解、相続財産から負担するとする見解、喪主が負担するとする見解、慣習や条理により誰が負担するか決めるとする見解があります。

もっとも、相続人全員が合意すれば、葬儀費用を遺産分割において清算することもできますので、遺産分割協議の際、葬儀費用について協議することが考えられます。葬儀費用の負担について争いがある場合には、民事訴訟等で解決することになります。

 

なお、香典がある場合、香典を葬儀費用の一部にあてられますが、香典を葬儀費用にあてても余りがある場合には、どのように処理するかについても見解が分かれております。

 

第5 相続債務

遺産分割の対象となるのは積極財産であり、相続債務は遺産分割の対象とはなりません。

金銭債務については相続開始により法定相続分に応じて当然に分割され、各共同相続人に承継されます。

 

遺産分割手続の中で共同相続人間で誰が相続債務を負担するか決めることはできますが、債権者の承諾なく、共同相続人間で負担者を取り決めても、債権者は拘束されません。

 

第6 祭祀承継

位牌、仏壇、墓等の祭祀財産は祖先の祭祀を主宰すべき者が承継しますので(民法897条)、遺産分割の対象となりません。

祭祀を主宰すべき者は、①被相続人の指定がある場合にはそれに従い、②指定がない場合は慣習に従い、③慣習が明らかでないときは家庭裁判所が定めます。

 

ただし、祭祀承継者について当事者全員が合意できる場合には、遺産分割手続の中で誰が祭祀財産を承継するか定めることができます。

【相続・遺言】遺産分割の前提問題について争いがある場合

2022-03-22

遺産分割の前提問題について共同相続人間で争いがある場合には、まず前提問題についての争いを解決してから、遺産分割をすることになります。

 

一 遺産分割の前提問題

遺産分割をするにあたっては、まず、誰が遺産分割の当事者となるのか(相続人の範囲)、遺産分割の対象となる財産としてどのような財産があるのか(遺産の範囲)を確定する必要があります。

 

また、遺言の有無や遺産分割協議の有無についても確認する必要があります。

遺言や遺産分割協議で誰が遺産を取得するか定められた場合、その財産について遺産分割は不要となりますが、遺言や遺産分割協議が無効となる場合には遺産分割をすることになりますので、遺言や遺産分割協議が有効かどうか争いになることがあります。

 

二 前提問題についての争い

遺産分割の前提問題となる①相続人の範囲、②遺産の範囲、③遺言の効力、④遺産分割協議の効力について争いがある場合には、それらの争いが解決するまで遺産分割をすることはできません。

そのため、前提問題について争いがある場合には、まず前提問題について人事訴訟、審判、民事訴訟等の手続で争いを解決する必要があります。

 

相続人の範囲についての争いがある場合には、家庭裁判所の調停、審判、人事訴訟の手続等で解決します。争いの内容に応じて、親子関係不存在確認、養子縁組無効確認、離縁無効確認、婚姻無効確認、離婚無効確認、認知、認知取消し、嫡出否認、養子縁組取消し、離縁取消し、婚姻取消し、離婚取消し、廃除、廃除の取消し等の手続をします。

 

遺産の範囲について争いがある場合には、遺産確認請求訴訟等の民事訴訟で解決します。

 

遺言の効力について争いがある場合には、遺言無効確認訴訟等の民事訴訟で解決します。

 

遺産分割協議の効力について争いがある場合には、遺産分割協議無効確認訴訟等の民事訴訟で解決します。

 

三 遺産分割調停・審判で前提問題が争いとなった場合

前提問題について争いがある場合、当事者間の合意ができなければ、遺産分割調停や審判の手続を進めることはできません。

 

前提問題の争いが婚姻取消請求訴訟等のように判決等の確定によって法律関係が形成される事項の場合には、判決等が確定するまでは効力が生じないので、家庭裁判所が遺産分割審判で前提問題について判断することができません。

これに対し、前提問題についての争いが婚姻無効確認請求訴訟等のように法律関係を確認する事項の場合には、家庭裁判所は遺産分割審判で前提問題について判断することはできます。もっとも、家事審判には既判力が生じないため、前提問題について訴訟で争うことができ、訴訟で審判と異なる判断がなされたときは、その範囲で遺産分割審判の効力が失われることになります。

 

そのため、前提問題について争いがある場合には、遺産分割調停や遺産分割審判を進めることができませんので、一旦、申立てを取り下げ、前提問題についての争いを人事訴訟や民事訴訟等の手続で解決してから、改めて遺産分割調停の申立てを行うことになるのが通常です。

【相続・遺言】法務局における自筆証書遺言書保管制度

2020-07-13

法務局における遺言書の保管等に関する法律(遺言書保管法)が令和2年7月10日より施行されました。

この法律により,遺言者は法務局に自筆証書の遺言書を法務局に保管することができるようになりました。

 

一 法務局における自筆証書遺言書保管制度とは

法務局における自筆証書遺言書保管制度とは,遺言者の申請により法務局が自筆証書の遺言書を保管する制度のことです。

 

自筆証書遺言は,遺言者本人が手軽に作成することができるものですが,遺言者が自分で保管していることが多いため,紛失するおそれや相続人に遺言書の存在が気づかれないおそれがありますし,他者に遺言書を隠匿,廃棄,改ざんされるおそれもあります。

自筆証書遺言を法務局に保管してもらうことで,遺言書等の紛失等を防止することができ,相続をめぐる紛争を防止することができるようになります。

 

二 申請

1 どこに申請するのか

遺言の保管に関する事務を行う法務局を遺言書保管所といい(遺言書保管法2条1項),遺言書保管所の事務を取り扱う法務事務官を遺言書保管官といいます(遺言書保管法3条)。

申請は,①遺言者の住所地もしくは本籍地または遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所,②遺言者の作成した他の遺言書が遺言書保管所に保管されている場合は,その遺言書保管所の遺言書保管官に対して行います(遺言書保管法4条3項)。

 

2 申請者

遺言書の保管を申請することができるのは,遺言者本人です(遺言書保管法4条1項)。

遺言者以外の人は申請できません。

 

また,保管の申請は,遺言者自らが遺言保管所に出頭して行わなければなりません(遺言書保管法4条6項)。

遺言者の意思による申請であることを確認するためです。

 

3 申請することができる遺言書

保管の対象となる遺言書は,民法968条の自筆証書による遺言書であり(遺言書保管法1条),法務省令で定める様式で作成した無封のものでなければなりません(遺言書保管法4条2項)。

 

 

三 遺言書の保管,管理

遺言書保管官は,遺言書の原本を保管します(遺言書保管法6条1項)。

 

また,遺言書保管官は,遺言書の画像情報等を遺言書保管ファイルに記録して,遺言書に係る情報の管理を行います(遺言書保管法7条)。

 

四 相続開始前

1 遺言書の閲覧

遺言者は,遺言書が保管されている遺言書保管所の遺言書保管官に対し,いつでも遺言書の閲覧を請求することができます(遺言書保管法6条2項)。

遺言者の生存中は,遺言者以外は遺言書の閲覧を請求することはできません。

 

2 申請の撤回

遺言者は,いつでも保管の申請を撤回することができ,申請を撤回すると,遺言書の原本が返還され,情報が消去されます(遺言書保管法8条)。

 

なお,申請を撤回しても,その遺言書について保管等がなされなくなるだけであり,自筆証書遺言としての効力がなくなるわけではありません。

 

五 相続開始後

1 遺言書保管事実証明書の交付

何人も遺言書保管官に対し遺言書保管事実証明書(自分が関係相続人等に該当する遺言書の保管の有無等を証明する書面)の交付を請求することができます(遺言書保管法10条)。

自分が関係相続人等に該当する遺言書(「関係遺言書」といいます。)が保管されている場合には,その旨の証明書が交付されますし,関係遺言書が存在しない場合(遺言書が保管されていない場合や関係相続人等に該当しない遺言書が保管されている場合)には,関係遺言書が保管されていない旨の証明書が交付されます。

 

2 遺言書情報証明書の交付等

相続人,受遺者,遺言執行者等の関係相続人等は,遺言者の死亡後に,遺言書情報証明書(遺言書保管ファイルに記載されている事項を証明する書面)の交付の請求や遺言書の閲覧を請求することができます(遺言書保管法9条1項,3項)。

 

相続人等は,遺言書情報証明書を利用して,相続手続を行うことができます。

 

3 相続人等への通知

関係相続人等への遺言書情報証明書の交付や遺言書の閲覧があったときは,遺言書保管官は,速やかに,相続人,受遺者,遺言執行者(既に知っている者を除きます。)に遺言書を保管していることを通知します(遺言書保管法9条5項)。

 

4 検認が不要

自筆証書遺言は相続開始後に検認手続をする必要がありますが(民法1004条),遺言書保管制度が利用されている場合には,検認が不要です(遺言書保管法11条)。

 

検認は遺言書の保存を確実にして偽造等を防止する手続であり,相続人に遺言書の存在や内容を知らされますが,遺言書保管制度が利用されている場合には,遺言書の保存は確実ですし,相続人に通知されるからです。

 

【相続・遺言】相続法改正 配偶者短期居住権

2020-06-18

相続法の改正により,令和2年4月1日から,配偶者短期居住権制度が開始します。

 

一 配偶者短期居住権とは

配偶者短期居住権とは,被相続人の配偶者が,相続開始時に遺産である建物に居住していた場合に,配偶者は,その建物(居住建物)を相続または遺贈により取得した者(居住建物取得者)に対し,相続開始後も短期間,居住建物を無償で使用することができる権利を有します。この権利のことを配偶者短期居住権といいます。

相続開始後,配偶者が直ちに住居を失ってしまうということがないよう,短期間,配偶者の居住権を確保させる制度です。

配偶者居住権の場合とは異なり,配偶者短期居住権には居住建物を収益する権利はありませんし,配偶者が配偶者短期居住権を取得しても,配偶者の具体的相続分に影響しません。

 

二 成立要件

配偶者短期居住権は,①配偶者が,被相続人の財産に属した建物に相続開始時に無償で居住していたこと,②配偶者が相続開始時に配偶者居住権を取得していないこと,③配偶者が民法891条の欠格事由または廃除により相続権を失っていないことの要件を満たす場合に成立します(民法1037条1項)。

 

三 存続期間

1 民法1037条1項1号に掲げる場合

居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合は,遺産分割により建物の帰属が確定した日または相続開始時から6か月を経過する日のいずれか遅い日まで,配偶者短期居住権は存続します(民法1037条1項1号)。

 

2 民法1037条1項1号に掲げる場合以外の場合

配偶者以外に居住建物を遺贈した場合,配偶者が相続放棄した場合等,配偶者が居住建物について遺産共有持分を有しない場合,居住建物取得者は,いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができ(民法1037条3項),申入れ日から6か月を経過する日に短期居住権が消滅します(民法1037条1項2号)。

 

四 居住建物の使用等

配偶者短期居住権を有する配偶者は,居住建物(居住建物の一部のみを使用していた場合には,その部分)を無償で使用することができます(民法1037条1項)。

居住建物取得者は,第三者に対する居住建物の譲渡その他の方法により配偶者の居住建物の使用を妨げてはなりません(民法1037条2項)。

配偶者は居住建物を使用するにあたって,用法遵守義務,善管注意義務を負いますし(民法1038条1項),居住建物取得者の承諾を得ずに第三者に居住建物を使用させることはできません(民法1038条2項)。配偶者がこれらに違反した場合には,居住建物取得者が配偶者に対し,短期居住権の消滅を請求することができます(民法1038条3項)。

また,配偶者居住権の譲渡禁止の規定(民法1032条2項),居住建物の修繕等の規定(民法1033条),費用負担の規定(民法1034条)は,配偶者短期居住権に準用されます(民法1041条)。

 

五 配偶者短期居住権の消滅

1 消滅事由

配偶者短期居住権は,①存続期間が満了した場合(民法1037条1項),②居住建物取得者が配偶者短期居住権の消滅を請求した場合(民法1038条3項),③配偶者が配偶者居住権を取得した場合(民法1039条),④配偶者が死亡した場合(民法1041条,民法597条3項),⑤居住建物の全部が滅失その他の事由により使用することができなくなった場合(民法1041条,民法616条の2)等に消滅します。

 

2 居住建物の返還等

配偶者短期居住権が消滅したとき(民法1039条に規定する場合は除きます。)は,配偶者は居住建物を返還しなければなりません(民法1040条1項本文)。
ただし,配偶者が居住建物の共有持分を有する場合は,居住建物取得者は配偶者短期居住権の消滅を理由に居住建物の返還を求めることはできません(民法1040条1項但書)。

また,配偶者には,附属物の収去義務・収去権(民法1040条2項,民法599条1項,2項),原状回復義務(民法1040条2項,民法621条)があります。
損害賠償請求権や費用償還請求権がある場合には,居住建物の返還を受けたときから1年以内に請求しなければなりません(民法1041条,民法600条)。

【相続・遺言】相続法改正 配偶者居住権

2020-06-09

相続法の改正により,令和2年4月1日から,配偶者居住権制度が開始します。

 

一 配偶者居住権とは

配偶者居住権とは,被相続人の配偶者が居住していた建物(居住建物)を無償で使用収益する権利のことです(民法1028条)。
配偶者居住権制度は,配偶者が相続開始後も従前の住居で生活できるようにするため,配偶者が居住建物の所有権を取得するよりも低額で居住権を確保することができるようにする制度です。

「無償」とは,使用収益の対価を支払う義務がないということです。
配偶者が配偶者居住権を取得した場合には,配偶者の具体的相続分の中から取得することになりますので,その分,配偶者が取得できる財産が減少します。
また,配偶者が遺贈や死因贈与契約により配偶者居住権を取得する場合には,配偶者の特別受益となります。
ただし,配偶者居住権の遺贈には民法904条3項が準用されますので(民法1028条4項),婚姻期間が20年を超える配偶者が遺贈等により配偶者居住権を取得した場合には持戻し免除の意思表示があったものと推定されます。

 

二 配偶者居住権の成立要件

配偶者居住権の成立要件は,以下のとおりです。

①被相続人の配偶者が,相続開始時に相続財産である建物に居住していたこと(民法1028条1項)

②配偶者居住権を取得させる遺産分割(民法1028条1項1号),遺贈(民法1028条1項2号),死因贈与契約がなされたこと(民法554条)

なお,遺産分割審判により配偶者居住権を設定する場合には,㋐共同相続人間で配偶者が配偶者居住権を取得することの合意が成立していること,または,㋑配偶者が家庭裁判所に配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合で,建物所有者の不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認められることが必要です(民法1029条)。

また,条文には,特定財産承継遺言(いわゆる相続させる旨の遺言)は含まれておらず,特定財産承継遺言で配偶者居住権を設定することできません。配偶者が配偶者居住権の取得を望まない場合,配偶者は相続放棄しなければならなくなり,配偶者の利益を害してしまうからです。

③被相続人が相続開始時に居住建物を配偶者以外の者と共有していなかったこと(民法1028条1項但書)
所有者が建物を単独所有または配偶者と共有していた場合です。
第三者が建物に共有持分を有する場合に配偶者居住権が認められるとすると,第三者の利益を害することになるからです。

 

三 存続期間

配偶者居住権の存続期間は,原則として,配偶者の終身の間となりますが(民法1030条本文),遺産分割や遺言で存続期間を定めることもできます(民法1030条但書)。

 

四 配偶者居住権の効力

1 使用収益

配偶者は,居住建物を使用収益することができます(民法1032条1項)。

配偶者は,従前の用法に従い,善良な管理者の注意をもって,使用収益しなければなりませんが(民法1032条1項本文),従前居住の用に供していなかった部分についても居住の用に供することができます(民法1032条1項但書)。

また,所有者の承諾がなければ,配偶者は建物の増改築や第三者に使用収益させることができません(民法1032条3項)。

 

2 譲渡禁止

配偶者居住権は譲渡することができません(民法1032条2項)。
配偶者居住権制度は,配偶者が相続開始後も従前の住居で生活できるようにするための制度であり,第三者に配偶者居住権を譲渡することは制度趣旨と合わないからです。

 

3 修繕等

配偶者は建物の使用収益に必要な修繕をすることができます(民法1033条1項)。
修繕が必要であるのに,配偶者が相当期間内に必要な修繕をしないときは,所有者が修繕をすることができます(民法1033条2項)。

修繕が必要なとき(配偶者が自ら修繕するときを除きます。)や建物について権利を主張する人がいるときは,所有者が知っている場合を除き,配偶者は,所有者に対し,遅滞なく,通知しなければなりません(民法1033条3項)。

 

4 費用負担

配偶者は,建物の通常の必要費を負担します(民法1034条1項)。
配偶者が特別の必要費や有益費を負担した場合には,配偶者は所有者に償還請求をすることができます(民法1034条2項,民法583条2項)。

 

五 登記

1 登記義務

居住建物の所有者は配偶者居住権設定の登記を備えさせる義務を負いますので(民法1031条1項),配偶者居住権を取得した配偶者は建物所有者に対し登記請求権を有します。

 

2 対抗要件

配偶者居住権は登記を具備しなければ,第三者に対抗することができません(民法1031条2項,605条)。
登記を具備した場合には,配偶者は第三者に対し妨害停止請求や返還請求をすることができます(民法1031条2項,605条の4)。

 

六 配偶者居住権の消滅

1 消滅事由

配偶者居住権は,以下の場合に消滅します。
①存続期間が満了した場合(民法1036条,民法597条1項)

②配偶者が死亡した場合(民法1036条,民法597条3項)

③建物が全部滅失その他の事由により使用収益できなくなった場合(民法1036条,民法616条の2)

④所有者が消滅請求をした場合
配偶者が,用法遵守義務・善管注意義務に違反した場合(民法1032条1項違反)や所有者の承諾なく,建物の増改築や第三者に使用収益させた場合(民法1032条3項違反)に,所有者が相当期間を定めて是正の催告をしたのに,是正されないときは,所有者は配偶者に対し,配偶者居住権の消滅を請求することができます(民法1032条4項)

⑤配偶者が建物の所有権を取得した場合
混同により配偶者居住権は消滅します。なお,他者が建物の共有持ち分を有するときは配偶者居住権は消滅しません(民法1028条2項)。

⑥配偶者が配偶者居住権を放棄した場合

 

2 建物の返還

(1)建物の返還義務

配偶者居住権が消滅したときは,配偶者は建物を返還しなければなりません(民法1035条1項本文)。
ただし,配偶者が建物の共有持ち分を有する場合は,所有者は配偶者居住権の消滅を理由に建物返還を求めることはできません(民法1035条1項但書)。

 

(2)附属物の収去義務・収去権

配偶者が相続開始後に建物に附属させた物がある場合,配偶者には,その物を収去する義務(分離できない場合,分離に過分の費用を要する場合を除きます。)または権利があります(民法1035条2項,民法599条1項,2項)。

 

(3)原状回復義務

相続開始後に建物に損傷(通常の使用収益によって生じた損耗場合や経年変化を除きます。)が生じた場合,配偶者の責めに帰すことができない事由によるものでない限り,配偶者は原状回復義務を負います(民法1035条2項,民法621条)。

 

七 配偶者居住権の財産的評価

配偶者が配偶者居住権を取得した場合には,配偶者の具体的相続分の中から取得することになりますので,配偶者居住権の財産的価値を評価することが必要となります。

評価額については,当事者の合意や鑑定により定めることになります。

【相続・遺言】兄弟姉妹が相続人の場合

2020-03-30

被相続人に子や親等の親族がいない場合には兄弟姉妹が相続人となりますが,兄弟姉妹が相続人となる場合と他の親族が相続人となる場合には,どのような違いがあるでしょうか。

 

一 兄弟姉妹が相続人となる場合

被相続人の配偶者は常に相続人になり(民法890条),配偶者以外の親族は①子又はその代襲相続人(孫)・再代襲相続人(曾孫)(民法887条),②直系尊属(親等の異なる者の間では近い者)(民法889条1項1号),③兄弟姉妹又はその代襲相続人(甥姪)(民法889条1項2号,2項)の順位で相続人になります。

したがって,被相続人の兄弟姉妹が相続人となるのは,被相続人に子や親等先順位の親族がいない場合であり,被相続人に配偶者がいる場合は,兄弟姉妹と配偶者が相続人となります。

 

二 兄弟姉妹が相続人となる場合の法定相続分

被相続人の配偶者と兄弟姉妹が相続人となる場合には,配偶者の相続分が4分の3,兄弟姉妹の相続分が4分の1となります(民法900条3号)。

兄弟姉妹が数人いる場合,各人の相続分は等しいものとされますが,父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は父母の双方を同じくする兄弟姉妹の2分の1となります(民法900条4号)。

例えば,被相続人の配偶者と被相続人の兄と妹が相続人の場合,配偶者の法定相続分は4分の3,兄と妹の法定相続分は8分の1ずつとなります。また,兄は被相続人と両親が同じ,妹は父親のみが同じ場合には,配偶者の法定相続分は4分の3,兄の法定相続分は6分の1,妹の法定相続分は12分の1となります。

 

三 代襲相続

兄弟姉妹が相続人となる場合に,兄弟姉妹が,相続開始以前に死亡したとき,民法891条の欠格事由に該当するとき,廃除によって相続権を失ったときは,その者の子(被相続人の甥姪)が代襲して相続人となります(民法889条2項,887条2項)。

なお,兄弟姉妹が相続人となる場合には,再代襲についての民法887条3項の準用規定がないため,代襲者となる兄弟姉妹の子(被相続人の甥姪)が相続開始以前に死亡する等した場合に,代襲者の子が再代襲することはありません。

 

四 全血の兄弟姉妹と半血の兄弟姉妹

両親の双方を同じくする兄弟姉妹を全血の兄弟姉妹といい,両親の一方のみを同じくする兄弟姉妹を半血の兄弟姉妹といいます。
半血の兄弟姉妹の法定相続分は全血の兄弟姉妹の法定相続分の2分の1となります(民法900条4号但書)。

例えば,被相続人の両親が離婚した後,父親が再婚して,再婚相手との間で子が生まれた場合,その子は被相続人の兄弟姉妹となりますが,父親のみが同じで,母親は違いますから,半血の兄弟姉妹にあたります。

また,被相続人の親が養子縁組をした場合,養子と被相続人は兄弟姉妹となります。両親の双方が養子縁組をしたときは,全血の兄弟姉妹となりますが,両親の一方のみが養子縁組したとき(例えば,被相続人の両親が離婚した後に,被相続人の父親が,連れ子のいる女性と再婚し,その子と養子縁組したとき),半血の兄弟姉妹にあたります。

 

五 遺留分

兄弟姉妹には遺留分はありません(民法1042条1項)。
そのため,被相続人の遺言により,相続人である兄弟姉妹が相続財産を取得できない場合であっても,兄弟姉妹は遺留分侵害額請求(改正法施行前に開始した相続については,遺留分減殺請求)をすることはできません。

子のいない夫婦の一方が亡くなった場合,配偶者と兄弟姉妹が共同相続人となることがあります。将来,自分が亡くなったときには,配偶者に自分の財産を相続させたいとお考えの場合には,その旨の遺言を作成しておけば,兄弟姉妹には遺留分がありませんので,配偶者と兄弟姉妹との間で遺産をめぐって争いとなることを避けることができます。

【相続・遺言】不動産の遺贈と所有権移転登記

2019-07-24

不動産が遺贈された場合に,受遺者名義に所有権移転登記手続をするには,どうすればよいでしょうか。

 

一 遺贈による所有権の移転

遺贈には,包括遺贈(遺産の全部または一定割合を対象とする遺贈)と特定遺贈(特定の財産を対象とする遺贈)があり,いずれも,被相続人が死亡し,遺言の効力が発生したときに,遺言の対象となる財産の所有権が受遺者に移転します。

 

二 登記が被相続人名義の場合

1 共同申請

(1)遺言執行者がいない場合

遺言執行者がいない場合には,受遺者を登記権利者,相続人全員を登記義務者として,所有権移転登記手続の共同申請をします。
相続人全員の申請が必要となりますので,一部の相続人の申請では登記できません。

 

(2)遺言執行者がいる場合

遺言執行者がいる場合には,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができませんので(民法1013条),相続人を登記義務者として所有権移転登記手続をすることができません。
そのため,所有権移転登記手続は,受遺者を登記権利者,遺言執行者を登記義務者とする受遺者と遺言執行者の共同申請で行います。
遺言執行者がいるのに,受遺者と相続人が所有権移転登記手続をした場合には,登記は無効となります。

 

2 所有権移転登記手続訴訟

遺言執行者または相続人全員が所有権移転登記手続の共同申請に応じない場合,受遺者は,遺言執行者または相続人全員を被告として,所有権移転登記手続訴訟を提起しなければなりません。
遺言執行者がいる場合には,遺言執行者が被告となります。遺言執行者がいる場合,相続人は被告適格を有しませんので,相続人を被告とした訴えは却下されます。
遺言執行者がいない場合には,相続人全員を被告として訴え提起します。

請求の趣旨は「被告(ら)は,原告に対し,別紙物件目録記載の不動産につき,○○年○○月○○日遺贈を原因とする所有権移転登記手続をせよ」となります。日付は被相続人が亡くなった日です。
請求認容判決が確定すれば,受遺者は,単独で所有権移転登記手続をすることができます。

 

三 遺贈の登記の前に相続人名義の登記がなされた場合

遺言の効力発生時に不動産の所有権は受遺者に移転しています。
また,相続人は被相続人の包括承継人であり,民法177条の「第三者」にはあたりませんので,相続人と受遺者は対抗関係にはなりません。
そのため,遺贈の登記をする前に相続人名義の登記がなされた場合には,相続登記の抹消登記手続をしてから,遺贈を原因とする所有権移転登記手続をすることができます。

遺言執行者がいる場合には,抹消登記手続については,遺言執行者は,遺言の執行に必要な行為として,登記名義人に対し抹消登記手続を求めることができます。また,受遺者は,遺言執行者がいる場合であっても,所有権に基づく妨害排除請求として,抹消登記手続を求めることができます。
また,所有権移転登記手続については,遺言執行者がいる場合には,受遺者と遺言執行者の共同申請で行います。

 

四 遺贈の登記の前に第三者名義の登記がなされた場合

1 遺言執行者がいない場合

受遺者に登記がなされる前に相続人が第三者に不動産を譲渡して,第三者名義の登記がなされた場合,民法177条により受遺者と第三者は対抗関係にありますので,登記のない受遺者は遺贈による不動産の取得を第三者に対抗することができません。

 

2 遺言執行者がいる場合

(1)相続法の改正前

遺言執行者がいる場合には,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(改正前の民法1013条),相続人に処分権はありませんので,相続人が第三者に不動産を譲渡しても無効となります。
そのため,受遺者は,登記がなくても,遺贈による不動産の取得を第三者に対抗することができます。その場合に,受遺者名義の登記をするには,遺言執行者または受遺者が登記名義人と抹消登記手続をしてから,受遺者と遺言執行者の共同申請で遺贈を原因とする所有権移転登記手続をすることができます。

 

(2)相続法の改正後

相続法の改正により,民法1013条は改正されました(2019年7月1日より施行)。
改正後の民法1013条では,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(改正後の民法1013条1項),違反した行為は無効となりますが(改正後の民法1013条2項本文),善意の第三者には対抗できませんし(民法1013条2項但書),相続人の債権者(相続債権者を含みます。)が相続財産についてその権利を行使することは妨げられません(民法1013条3項)。
そのため,第三者が善意の場合や相続人の債権者(相続債権者を含みます。)の場合には,登記のない受遺者は遺贈による不動産の取得を第三者に対抗することができません。

【相続・遺言】相続法改正 遺言執行者の権限等の改正

2019-07-13

相続法の改正により,遺言執行者の権限等について改正されました。
改正法については2019年7月1日より施行されています。

 

一 遺言執行者とは

遺言の効力発生後に遺言の内容を実現する行為のことを遺言の執行といい,遺言の執行を行う人のことを遺言執行者といいます。
遺言執行者がいる場合としては,遺言で指定される場合(民法1006条)と家庭裁判所により選任される場合があります(民法1010条)。遺言執行者は相続人でもなることができますが,未成年者及び破産者は,遺言執行者となることができません(民法1009条)。

改正前は,民法1012条1項の「遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」との規定や民法1015条の「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす。」と規定はありましたが,遺言執行者の権限や法的地位について条文上明確ではなく,判例等により解釈されてきました。
そこで,相続法の改正により,条文上,遺言執行者の権限等が明確化されました。

 

二 遺言執行者の法的地位

改正前の民法1015条では,「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす。」と規定されていましたが,遺言執行者は相続人の利益のためだけに行動するわけではなく,遺言の内容を実現するため行動しますので,遺言執行者と相続人との間でトラブルになることがあります。
そこで,遺言執行者を相続人の代理人とみなすとの規定を改めて,改正後の民法1015条では「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は,相続人に対して直接にその効力を生ずる。」と規定されています。
また,その一方で,民法1012条1項を「遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と改正し,遺言の内容を実現することが遺言執行者の職務であることを明確にしました。

 

三 遺言執行者の通知義務

改正前は,遺言執行者が通知義務を負うとの規定はありませんでしたが,相続人は遺言の内容や遺言執行者がいるかどうかについて重大な利害関係を有しますので,改正により,遺言執行者は,その任務を開始したときは,遅滞なく,遺言の内容を相続人に通知しなければならなくなりました(民法1007条2項)。

なお,改正後の民法1007条2項は,施行日前に開始した相続に関し,施行日以後に遺言執行者になった場合にも適用されます(附則8条1項)。

四 遺贈の履行

改正前は,遺贈の場合の遺言執行者の権限について規定がありませんでしたが,判例等で,遺言執行者がいる場合には遺言執行者のみが遺贈を履行する義務を負うと解されてきました。
改正により,「遺言執行者がある場合には,遺贈の履行は,遺言執行者のみが行うことができる。」と規定され(改正後の民法1012条2項。改正前の民法1012条2項は改正後は民法1012条3項となります。),遺言執行者がいる場合には遺言執行者のみが遺贈義務者になることが明文化されました。
例えば,不動産が遺贈された場合,遺言執行者がいるときは,遺言執行者が登記義務者となり,受遺者と遺言執行者の共同申請で所有権移転登記手続をします。

なお,改正後の民法1012条は,施行日前に開始した相続に関し,施行日以後に遺言執行者になった場合にも適用されます(附則8条1項)。

 

五 遺言執行の妨害行為の禁止

改正前の民法1013条は「遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為することができない。」と規定しておりましたが,違反した場合の効果について規定はありませんでした。判例では,違反行為は絶対的無効であると解されていましたが,取引の安全が害されるおそれがありましたので,改正により,違反行為は絶対的無効ではなく,相対的無効であると規定されました。
改正後の民法1013条では,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(改正後の民法1013条1項),違反した行為は無効となりますが(改正後の民法1013条2項本文),善意の第三者には対抗できませんし(民法1013条2項但書),相続人の債権者(相続債権者を含みます。)が相続財産について権利を行使することは妨げられません(民法1013条3項)。

 

六  特定財産承継遺言(相続させる旨の遺言)がされた場合

1 対抗要件

改正前は,判例上,相続させる旨の遺言による権利の承継については,対抗要件の具備がなくても第三者に対抗できるとされていましたし,権利を承継した相続人の単独申請で登記ができるので,遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務もないとされていました。
しかし,改正により,相続させる旨の遺言(改正後は「特定財産承継遺言」といいます。)による権利の承継についても,取引の安全の観点から,法定相続分を超える権利の承継を第三者に対抗するには対抗要件の具備が必要となりました(民法899条の2)。
そのため,特定財産承継遺言による権利の承継がされた場合に対抗要件を備えるために必要な行為をすることについても,遺言者が別段の意思表示をした場合を除いて,遺言執行者の権限に含まれることになりました(改正後の民法1014条2項,4項)。

 

2 預貯金債権の場合

改正前は,相続させる遺言の対象財産が預貯金債権の場合,遺言執行者が預貯金の払戻しや解約ができるかどうか規定はありませんでしたので,金融機関とトラブルになるおそれがありました。
改正により,遺言者が別段の意思表示をした場合を除き,遺言執行者は,対抗要件を備えるために必要な行為のほか,預貯金の払戻請求ができますし,預貯金債権全部が特定財産承継遺言の目的であるときには解約の申入れができることになりました(改正後の民法1014条3項,4項)。

なお,改正後の民法1014条2項から4項は,施行日前にされた遺言に係る遺言執行者の執行には適用がなく,旧法が適用されます(附則8条2項)。

 

七 遺言執行者の復任権

改正前は,遺言執行者は,原則として,やむを得ない事由がなければ,第三者にその任務を行わせることができないとされていましたが(改正前の民法1016条1項),遺言執行者は相続人がなることもでき,遺言執行者に十分な法律知識がない場合もありますので,専門家等の第三者に任務を行わせる必要性があります。
改正後は,遺言執行者は,遺言執行者が遺言で別段の意思表示をした場合を除き,自己の責任で第三者にその任務を行わせることができるようになりました(改正後の民法1016条1項)。また,第三者に任務を行わせることについてやむを得ない事由があるときは,遺言執行者は,相続人に対し選任・監督についての責任のみを負います(改正後の民法1016条2項)。

なお,改正後の民法1016条は,施行日前の遺言に係る遺言執行者の復任権については適用がなく,旧法が適用されます(附則8条3項)。

【相続・遺言】相続法改正 特別の寄与の制度

2019-06-10

相続法の改正により,2019年7月1日から,特別の寄与をした被相続人の親族は,相続人に対し,金銭の支払を請求することができるようになります。

 

一 特別の寄与の制度

寄与分の制度では,寄与分が認められるのは相続人に限られており,相続人以外の親族が被相続人の療養看護等をしても寄与分は認められないため,不公平となる場合がありました。
そこで,公平の観点から相続法の改正により,特別の寄与の制度が創設されました。

特別の寄与の制度では,特別の寄与をした被相続人の親族(特別寄与者)は,相続開始後,相続人に対し,寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求することができます(民法1050条)。

 

二 請求権者の範囲

請求することができるのは,被相続人の親族(ただし,相続人,相続放棄をした人,欠格・廃除により相続権を失った人は除きます。)です(民法1050条1項)。

被相続人の親族以外の人が特別の寄与をしても,特別寄与料の請求はできません。

 

三 特別の寄与

請求することができるのは,被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした場合です(民法1050条1項)。

寄与分の場合と異なり,無償で労務の提供をした場合に限定されています。

 

四 特別寄与料

特別寄与者は寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求することができます(民法1050条1項)。
特別寄与料の支払については,まずは当事者間の協議で定めます。協議が調わないとき,または協議ができないときは,特別寄与者は,家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができ(民法1050条2項),家庭裁判所は,寄与の時期,方法及び程度,相続財産の額その他一切の事情を考慮して特別寄与料の額を定めます(民法1050条3項)。
具体的な額の算定については,寄与分の場合の算定方法を参考にすることが考えられます。

また,特別寄与料の額は,被相続人が相続開始時に有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることはできません(民法1050条4項)。

 

五 請求の相手方

請求の相手方は相続人です。
相続人が複数いる場合には,各相続人は,特別寄与料の額に民法900条から902条の規定により算定した当該相続人の相続分(法定相続分または指定相続分)を乗じた額を負担することになります(民法1050条4項)。

 

六 手続

特別寄与料の支払については,まずは当事者間の協議で定め,協議が調わないとき,または協議ができないときは,特別寄与者は,家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができます(民法1050条2項)。

特別の寄与に関する処分は家事事件手続法別表第二の事件であり,調停手続または審判手続を行うことになります。

寄与分については遺産分割事件と併合しなければなりませんが(家事事件手続法192条,245条3項),特別の寄与に関する処分については遺産分割事件と併合することは強制されていません。

 

七 請求期間

特別寄与者が家庭裁判所に協議に代わる処分を請求することができるのは,特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から6か月以内,または相続開始時から1年以内です(民法1050条2項但書)。この期間は除斥期間です。

相続争いの複雑化,長期化を防止するため,権利行使期間は短期間とされています。

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