業務上の負傷・病気(業務災害)と解雇
労働者が業務上負傷や病気をして働けなくなった場合,使用者はその労働者を解雇することができるでしょうか?
一 業務災害による療養中の解雇制限
1 労働基準法19条1項
労働基準法19条1項は「使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間…は解雇してはならない。ただし,使用者が第81条の規定によって打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合においては,この限りではない。」と規定しており,労働者が業務上負傷や病気をした場合には,療養のために休業する期間及びその後30日間は原則として解雇できません。
業務災害にあって療養中の労働者が解雇されないよう保護するための規定です。
2 「業務上」とは
労働基準法19条の解雇制限は「業務上」負傷または病気になった場合であり,業務災害による場合です。
通勤中に負傷・病気になった場合(通勤災害)は「業務上」ではないため,労働基準法19条の解雇制限の適用はありません。
通勤災害の場合は業務外の傷病として私傷病と同じ扱いになります。
3 「療養」とは
労働基準法19条の「療養」とは,労働基準法,労働災害補償保険法の療養補償・休業補償の「療養」と同じ意味であり,治癒(症状固定)した後の通院等は含まれないと解されています。
そのため,治癒(症状固定)した後に職場復帰できないことを理由に解雇しても,労働基準法19条の解雇制限に違反することにはなりません。ただし,解雇権濫用(労働契約法16条)にあたるか問題となります。
4 「休業」とは
労働基準法19条の「休業」には全部休業だけでなく,一部休業も含むと解されております。
そのため,全く出勤できない場合だけでなく,半日しか出勤できない場合であっても,解雇制限期間中は解雇できないと解されます。
5 「解雇」とは
解雇制限期間中は普通解雇のみならず,懲戒解雇もできないと解されていますが,解雇制限期間満了後に解雇予告の効力が生じるよう解雇制限期間中に解雇予告することはできると解されています。
なお,労働基準法19条は解雇制限規定ですので,定年により労働契約が終了する場合や有期労働契約が期間満了により終了する場合には適用はないと解されます。
6 解雇制限の例外
(1)使用者が打切補償を行った場合
使用者が打切補償を行った場合には労働基準法19条の解雇制限はなくなります(労働基準法19条1項但書前段)。
労働基準法81条は「第75条の規定によって補償を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては,使用者は,平均賃金の1200日分の打切補償を行い,その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。」と規定しておりますので,療養開始後3年を経過しても負傷・疾病がなおらない場合に使用者は打切補償が行うことで労働基準法19条の解雇制限をなくすことができます。
労働基準法75条1項は「労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかった場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」と規定していますが,労災保険の給付は労働基準法上の災害補償に代わるものといえますから,労働者が労働災害補償保険法による療養補償給付を受けていた場合にも「第75条の規定によって補償を受ける労働者」にあたり,使用者は打切補償をして労働基準法19条の解雇制限を外すことができると解されています。
また,療養開始後3年を経過した日に傷病補償年金を受けている場合やその日以降に労災保険の傷病補償給付を受けることになった場合には打切補償をしたものとみなされますので(労働災害補償保険法19条),その場合にも労働基準法19条の解雇制限はなくなります。
(2)やむを得ない事由により事業の継続が不可能になった場合
天災事変その他やむを得ない事由の為に事業の継続が不可能になった場合に労働基準法19条の解雇制限はなくなります(労働基準法19条1項但書後段)。
その事由について行政官庁の認定を受けなければなりません(労働基準法19条2項)。
二 解雇権濫用規制
労働基準法19条の解雇制限の適用がなくなった場合であっても,労働契約法16条の解雇権濫用規制の適用はありますので,解雇が客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には解雇権の濫用にあたり無効となります。
労働者が労務を提供できないことは解雇理由となり得ますが,使用者が復帰支援をする,配置転換で対応する等解雇を回避するための努力をしなかった場合には解雇権の濫用にあたる可能性があります。