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【民事事件】分割払の合意と期限の利益喪失条項

2020-02-20

金銭債務について分割払の合意をする場合,履行の確保を図るため,分割払の条項とあわせて期限の利益喪失条項を入れるのが基本です。

一 分割払の合意

金銭債務の支払について,債権者と債務者が示談交渉・調停・訴訟上の和解等の話合いをする際,債務者が,資金繰りの関係から,一括で支払うことができないので,分割払にしてほしいと要求してくることがあります。
債権者からすれば,支払金額の総額を一括で早期に支払ってもらいたいでしょうが,債務者が支払可能な条件で合意したほうが債権回収実現の可能性が高まることから,債権者としても分割払に応じる意味があります。

分割払の合意をする場合には,支払金額の総額,支払期間,各回の支払金額等を定めます。
例えば,以下のような条項を定めます。1 被告は,原告に対し,本件○○金(「本件和解金」,「本件解決金」等)として金○○○万円の支払義務があることを認める。
2 被告は,原告に対し,前項の金員を次のとおり分割して,○○の口座(銀行名・支店名,種類,口座名義,口座番号を記載します。)に振り込む方法で支払う。
(1)令和○年○月末日限り金○○万円
(2)令和○年○月から令和○年○月まで毎月末日限り金○○万円ずつ

 

二 期限の利益喪失条項

分割払の合意をする場合には,あわせて期限の利益喪失条項を入れるのが基本です。

分割払の合意により,債務者は期限の利益を有し,各分割金の支払期限が到来するまで支払をしなくてよいことになります。
そのため,債務者が分割金の支払を怠った場合であっても,債権者が請求できるのは支払期限が到来した分割金だけであり,未だ支払期限が到来していない分割金については請求できないのが原則です。
支払期間が短い場合には余り問題ないかもしれませんが,支払期間が数年にわたるような長い場合には債権者の不利益が大きいといえます。

債務者が分割金の支払を遅滞した場合に債権者が未履行分全額の支払を請求できるようにするには,債務者の期限の利益を失わせる必要がありますが,期限の利益が喪失する場合として民法に規定されているのは,①債務者が破産手続開始の決定を受けたとき,②債務者が担保を滅失,損傷,減少させたとき,③債務者が担保を供する義務を負う場合に担保を供しないときであり(民法137条),債務者が分割金の支払を怠った場合は含まれていません。
そのため,債務者が分割金の支払を怠った場合に債権者が残金全額を請求することができるようにするためには,合意内容に期限の利益喪失条項を入れておくことが必要となります。
例えば,「被告が分割金の支払を○回以上怠り,かつ,その額が○○万円に達したときは,当然に期限の利益を喪失し,被告は,原告に対し,残金を直ちに支払う。」というような条項を定めます。

期限の利益喪失条項については,①債務者が分割金の支払を怠ったときは,当然に期限の利益を失うと定める場合と,②債務者が分割金の支払を怠ったときは,債権者は期限の利益を喪失させる旨の意思表示をすることができ,その意思表示があったときに期限の利益が喪失すると定める場合があります。
①の場合と②の場合では,残金の請求をすることができる時点が異なりますので,消滅時効の起算点が異なります。

【離婚】養育費・婚姻費用の算定方式・算定表の改定

2020-01-09

養育費や婚姻費用の算定は,実務上,標準算定方式(簡易算定方式ともいいます。)や標準算定表(簡易算定表ともいいます。)を用いて行われていますが,算定方式や算定表が改定され,令和元年12月23日に改定内容が公表されました。
今後,養育費の額や婚姻費用分担額を算定するにあたっては,改定後の算定方式や算定表を用いることになります。

一 養育費・婚姻費用の算定方式・算定表

1 養育費

(1)養育費の算定方式

養育費は,①権利者と義務者の基礎収入(収入のうち生活にあてられる分)を算定し,②義務者が子と同居していると仮定して,義務者の基礎収入を義務者の生活費と子の生活費に按分し,③子の生活費を義務者と権利者の基礎収入で按分するという方法で算定します。
計算式は,以下のようになります。

養育費 (月額)
=義務者の基礎収入×子の生活費指数/義務者と子の生活費指数×義務者の基礎収入/(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)÷12

(2)養育費の算定表

算定表は,標準的なケースについて,算定方式に基づいて算定される養育費を1万円または2万円の幅で表に整理したものであり,権利者が養育している子の人数や年齢に応じて,①子1人(0~14歳),②子1人(15~19歳),③子2人(第1子及び第2子0~14歳),④子2人(第1子15~19歳,第2子0~14歳),⑤子2人(第1子及び第2子15~19歳),⑥子3人(第1子,第2子及び第3子0~14歳),⑦子3人(第1子15~19歳,第2子及び第3子0~14歳),⑧子3人(第1子及び第2子15~19歳,第3子0~14歳),⑨子3人(第1子,第2子及び第3子15~19歳)の9種類の表があります。
表の縦軸の義務者の年収が表示されているところから横に延ばした線と,横軸の権利者の年収が表示されているところから縦にのばした線の交わるところの数値が養育費の金額(月額)となります。

2 婚姻費用

(1)婚姻費用の算定方式

婚姻費用分担額は,①権利者と義務者の基礎収入を算定し,②権利者と義務者の基礎収入の合計額を権利者世帯と義務者世帯に按分し,③権利者世帯の按分額から権利者の基礎収入額を控除して算定します。
計算式は以下のとおりです。

婚姻費用分担額(月額)
={(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)×権利者世帯の生活費指数/(義務者世帯の生活費指数+権利者世帯の生活費指数)-権利者の基礎収入}÷12

(2)婚姻費用の算定表

算定表は,標準的なケースについて,算定方式に基づいて算定される婚姻費用を1万円または2万円の幅で表に整理したものです。
算定表には,権利者が養育している子の人数や年齢に応じて,①夫婦のみ(子がいない場合),②子1人(0~14歳),③子1人(15~19歳),④子2人(第1子及び第2子0~14歳),⑤子2人(第1子15~19歳,第2子0~14歳),⑥子2人(第1子及び第2子15~19歳),⑦子3人(第1子,第2子及び第3子0~14歳),⑧子3人(第1子15~19歳,第2子及び第3子0~14歳),⑨子3人(第1子及び第2子15~19歳,第3子0~14歳),⑩子3人(第1子,第2子及び第3子15~19歳)の10種類があります。
表の縦軸の義務者の年収が表示されているところから横に延ばした線と,横軸の権利者の年収が表示されているところから縦にのばした線の交わるところの数値が婚姻費用分担額(月額)となります。

二 改定の内容

これまでの算定方式や算定表の基本的な枠組みや考え方自体は改定後も変わりません。
改定では,基礎となっている統計資料や制度等の更新により,基礎収入と生活費指数が見直されました。
また,基礎収入と生活費指数の見直しにより養育費等の額が変わりましたので,算定表の内容も変わりました。

1 基礎収入の見直し

基礎収入とは収入のうち生活にあてられる部分のことです。
基礎収入は,給与所得者の場合は,総収入額から公租公課,職業費(被服費,交通費等),特別経費(住居費等)を控除した金額であり,自営業者の場合は,所得金額から公租公課,特別経費を控除した金額ですが,簡易迅速性,予測可能性,公平性の観点から,収入額に標準的な割合(基礎収入割合)乗じて算定します。
改定前は,給与所得者の基礎収入割合は概ね総収入の34%から42%の範囲,自営業者の基礎収入割合は概ね総所得の47%から52%の範囲であるとされていました(いずれも高額所得者ほど低くなります。)。
改定では,算定方式の基となっている統計資料や制度等を最新のものに更新することや,職業費の一部の費目の計上額について見直しが行われました。
これにより,改定後は,給与所得者の基礎収入割合は概ね総収入の38%から54%の範囲,自営業者の基礎収入割合は,概ね総所得の48%から61%の範囲となりました(いずれも高額所得者ほど低くなります。)。

2 生活費指数の見直し

これまで子の生活費指数について,0歳から14歳までと15歳から19歳までの2つに区分しており,生活費指数を親を100,0歳から14歳までの子を55,15歳から19歳までの子を90としていました。

改定後も子の生活費指数を0歳から14歳までと15歳以上(終期を何歳までとするかは個別の事案によります。)の子の2つに区分しますが,統計資料の更新により,各区分の生活費指数が見直され,改定後の生活費指数は,親100,0歳から14歳までの子62,15歳以上の子85となりました。

三 具体例

例えば,離婚に際して,妻(給与所得者,年収100万円)が子2人(13歳と16歳)の親権者となり,夫(給与所得者,年収800万円)に養育費の支払を請求する場合,改定前の算定方式によると,養育費は月額約12万4000円ですが,改定後の算定方式によると月額約13万7000円となります。

改定前
妻の基礎収入 42万円(=100万円×基礎収入割合42%)
夫の基礎収入 288万円(=800万円×基礎収入割合36%)

288万円×(90+55)/(100+90+55)×288万円/(288万円+42万円)÷12≒12万3962円

改定後
妻の基礎収入 50万円(=100万円×基礎収入割合50%)
夫の基礎収入 320万円(=800万円×基礎収入割合40%)

320万円×(85+62)/(100+85+62)×320万円/(320万円+50万円)÷12≒13万7257円

四 養育費・婚姻費用の増減額請求への影響

養育費や婚姻費用を定めた後に事情の変更があれば,当事者は養育費等の増額請求や減額請求をすることができます。
改定された算定方式や算定表によると養育費等の額が増える場合,養育費等の増額請求ができないか問題となりますが,算定方式や算定表が改定されたこと自体は,事情の変更にはあたらないと解されていますので,算定方式等の改定を理由に養育費等の増額請求をすることはできないのが原則です。

もっとも,事情の変更があり,養育費等の増減額請求がなされた場合,変更後の養育費等を算定するにあたって,改定後の算定方式や算定表が用いられることになるものと考えられます。

【離婚】専業主婦の離婚事件

2019-12-11

専業主婦の方が離婚する場合,どのようなことが問題となるでしょうか。

 

一 離婚後の生活が成り立つかどうか

専業主婦の方は,婚姻期間中は自分に収入がなくても,夫の収入で生活することができますが,離婚後は自分の収入や財産で生活を維持しなければならなくなります。
そのため,専業主婦の方が離婚する場合には,離婚後の仕事,住居,生活費等,離婚後の生活がどうなるかを考え,予め離婚後の生活が成り立つ算段をつけておく必要があります。離婚後の生活のことを考えないで,離婚や離婚条件を決めてしまうと,離婚後に生活が成り立たず,後悔することになりかねません。

離婚後の生活が成り立つかどうかは,離婚後の自身の努力や家族の協力のほか,離婚するにあたって夫にどのような請求ができるかにかかっています。

 

二 婚姻費用分担請求

離婚が成立するまでの間,夫婦が別居している場合,専業主婦である妻には収入がありませんので,別居中の生活費を確保するため,妻から夫に対し婚姻費用分担請求をすることが考えられます。
婚姻費用分担額については,夫婦双方の収入を基に,簡易算定表や簡易算定方式により算定するのが通常ですので,夫の収入が分かれば,大よその金額の算定ができます。

 

三 養育費

専業主婦である母親が,離婚後,未成年の子の親権者となり,子を監護することになった場合には,父親に対し,子の監護に要する費用(養育費)の支払を請求することができます(民法766条)。
養育費の額については,夫婦双方の収入を基に,簡易算定表や簡易算定方式により算定するのが通常です。
離婚後,母親が子を監護することになった場合,子を困窮させないようにするため,養育費の請求をしましょう。

 

四 慰謝料

夫の不貞行為やDV等,夫の有責行為により離婚する場合には,妻から夫に対し慰謝料請求をすることが考えられます。
慰謝料額について明確な基準があるわけではありませんが,有責行為の種類・態様,当事者双方の有責性の程度,婚姻期間,未成年の子の有無,双方の年齢,資力,社会的地位等様々な事情から判断されます。

夫が不貞行為やDV等の有責行為の存在を否定する場合には,不貞行為やDV等の証拠が必要となります。

 

五 財産分与

離婚の時から2年以内であれば,離婚した夫婦の一方は,他方に対し,財産分与請求をすることができます。
財産分与には,①清算的財産分与(夫婦が婚姻中に築いた財産の清算),②扶養的財産分与(離婚後の扶養を考慮した財産分与),③慰謝料的財産分与(慰謝料的な要素を考慮した財産分与)があります。このうち財産分与の中心となるのは①清算的財産分与であり,②,③は補充的に考慮されるにとどまります。

 

1 清算的財産分与

清算的財産分与は,夫婦が協力して形成した財産を夫婦で分けることです。
財産形成に寄与した割合で分けることになりますので,専業主婦の場合,寄与割合が夫よりも低いのではないかと争いとなることがありますが,特段の事情(夫婦の一方が特別な才能,専門知識や努力により多額な収入を得て,財産が形成された場合等)がない限り,夫婦は財産の形成に等しく貢献しているものとみて,2分の1ずつの割合で分けるのが原則です(2分の1ルール)。
そのため,専業主婦だからというだけで,清算財産分与の割合が2分の1より低くなるということは通常ありません。

清算的財産分与の請求をするにあたっては,夫にどのような財産があるか把握しておく必要があります。

 

2 扶養的財産分与

財産分与は清算的財産分与が中心ですが,清算的財産分与や慰謝料だけでは夫婦の一方が離婚後の生活に困窮することになる場合には,補充的に扶養的財産分与が認められることがあります。
高齢の専業主婦で年金額が少額の場合,専業主婦で働き始めるまで時間がかかる場合,未成熟子を監護して働くことができない場合等,離婚後の妻の生活について扶養の必要性がある場合には,補充的に扶養的財産分与が認められることがあります。

 

六 年金分割

夫婦の一方または双方が婚姻期間中に厚生年金や共済年金に加入している場合,原則として離婚から2年以内であれば,年金分割請求をすることができます。

年金分割には,3号分割と合意分割があります。
3号分割は,第3号被保険者である期間(平成20年4月1日以降の期間)についての年金分割です。3号分割の年金分割請求をすれば,自動的に2分の1の割合で按分されるので,按分割合を決める必要はありません。

合意分割は,3号分割以外の場合であり,当事者が合意または裁判で按分割合を定める年金分割です。当事者が按分割合について合意ができなければ裁判所が按分割合を定めますが,その場合,特段の事情がない限り,2分の1となることがほとんどです。

専業主婦の場合,夫が2号被保険者(会社員や公務員)のときは,3号被保険者にあたりますので,3号分割をすることができます(3号分割ができるのは,平成20年4月31日以降の3号被保険者期間であり,それ以前の期間にについては合意分割ができます。)。
また,夫が1号被保険者(自営業者)の場合,専業主婦の妻も1号被保険者になりますので,年金分割はできません。

年金分割をするには,年金分割のための情報提供通知書を入手する必要があります。

【民事事件】民事調停

2019-10-29

民事に関する紛争を解決する手続として民事調停があります。

 

一  民事調停とは

民事調停は,民事に関する紛争について,話合いにより解決を図る裁判所の手続です。

民事調停には①話合いによる解決であるため柔軟な解決を図ることが期待できる,②専門的な問題についても,弁護士,建築士等の専門家の調停委員により対応できる,③非公開で行われる,④訴訟手続よりも手続が簡易であり,手数料が安く,終了までの期間が短いといった特徴があります。

 

二 民事調停の対象

民事調停は,売買代金・貸金・請負代金等の金銭トラブル,交通事故・名誉毀損等の損害賠償請求,借地借家等の不動産トラブル,未払賃金の請求等の労働問題,騒音,日照権の問題等の近隣トラブル等,民事紛争全般が対象となります。

 

三 民事調停の種類

民事調停は紛争の内容により,①一般調停(②から⑧以外の民事紛争),②宅地建物調停(宅地・建物の賃貸その他の利用関係の紛争),③農事調停(農地等の貸借その他の利用関係の紛争),④商事調停(商事の紛争),⑤鉱害調停(鉱業法に定める鉱害の賠償の紛争),⑥交通調停(自動車の運行によって人の生命・身体が害された場合の損害賠償の紛争),⑦公害等調停(公害・日照,通風等の生活上の利益の侵害により生ずる被害にかかる紛争),⑧特定調停(債務整理)に分かれております。

このうち,特定調停は,民事調停の特例として,特定債務等の調整のための特定調停に関する法律で規定されており,他の民事調停事件とは手続等に様々な違いがありますが,このページでは特定調停の説明は省略します。

 

四 調停委員会

裁判所は調停委員会で調停を行います(民事調停法5条1項本文)。裁判所が相当と認めるときは,裁判官だけで調停を行うことができますが(民事調停法5条1項但書),当事者の申立てがあるときは,調停委員会で調停を行わなければなりません(民事調停法5条2項)。

調停委員会は,調停主任1人と2人以上の民事調停委員で組織されます(民事調停法6条)。調停主任は,裁判官(民事調停法7条1項)または民事調停官(民事調停法23条の2)がなります。民事調停官は職務経験が5年以上ある弁護士から最高裁判所が任命します(民事調停法23条の2第1項)。

 

五 調停の関与者

調停の当事者は,申立人(調停を申し立てた人)と相手方(調停を申し立てられた人)です。
調停には,当事者のほか,当事者の法定代理人や当事者が選任した代理人が出席できます。
当事者が選任できる代理人は,①弁護士,②認定司法書士(調停事項の価額が140万円を超えない事件に限ります。),③調停委員会が許可した者です(民事調停規則8条2項)。
また,調停の結果に利害関係を有する者(利害関係人)も,調停委員会の許可を受けて,調停手続に参加することができますし(民事調停法11条1項),調停委員会は相当と認めるときは利害関係人を調停手続に参加させることができます(民事調停法11条2項)。

 

六 民事調停の手続

1 申立て

(1)管轄裁判所

相手方の住所,居所,事務所,営業所を管轄する簡易裁判所が管轄裁判所となりますが(民事調停法3条1項),合意管轄もできますし(民事調停法3条1項),事件の種類により管轄について特別規定があります。また,移送や自庁処理の規定もあります(民事調停法4条)。

なお,簡易裁判所の民事訴訟は訴額の上限は140万円までですが,民事調停では訴額の制限はありませんので,140万円を超える民事調停事件についても簡易裁判所に管轄が認められます。

 

(2)申立書

民事調停の申立ては申立書を裁判所に提出してしなければなりません(民事調停法4条の2第1項)。
申立書には①当事者または法定代理人の氏名・名称・住所,②代理人の氏名・住所,③当事者または代理人の郵便番号,電話番号,FAX番号,④事件の表示,⑤附属書類の表示,⑥年月日,⑦裁判所の表示,⑧申立ての趣旨,⑨紛争の要点を表示します(民事調停法4条の2第2項,民事調停規則24条,非訟事件手続規則1条1項)。
裁判所の窓口やウェブサイトに申立書の書式がありますので,その書式を利用することが簡単です。

また,申立書には,①申立書の副本,②添付書類(戸籍謄本や登記事項証明書,委任状等),③証拠書類の写しを添付します。また,申立ての際には,裁判所に手数料や郵券を納めます。

 

2 調停前の措置等

(1)調停前の措置

調停委員会は,調停のために特に必要があると認めるときは,当事者の申立てにより,調停前の措置として,相手方その他の事件の関係人に対して,現状の変更または物の処分の禁止その他調停の内容である事項の実現を不能または著しく困難にする行為の排除を命じることができます(民事調停法12条1項)。
調停前の措置に執行力はありませんが(民事調停法12条2項),当事者または参加人が正当な事由なく措置に従わないときは10万円以下の過料が科されることがあります(民事調停法35条)。

 

(2)民事執行手続の停止

調停事件の係属する裁判所は,紛争の実情により事件を調停によって解決することが相当な場合,調停の成立を不能または著しく困難にするおそれがあるときは,申立てにより,担保を立てさせて,調停が終了するまで調停の目的となった権利に関する民事執行手続の停止を命ずることができます(民事調停規則5条1項本文)。
ただし,裁判・調書その他裁判所で作成する書面の記載に基づく民事執行手続は,停止の対象とはなりません(民事調停規則5条1項但書)。停止の対象となるのは,公正証書に基づく強制執行や担保権の実行としての競売等です。

また,調停の係属する裁判所は,民事執行手続の停止を命じた場合であっても,必要があるときは,申立てにより,担保を立てさせ又は立てさせないで,続行を命じることができます(民事調停規則5条2項)。

 

3 調停期日の実施

(1)呼出・出頭

調停委員会は,調停の期日を定めて,当事者等の事件の関係人を呼び出します(民事調停法12条の3)。
呼出を受けた当事者は,やむを得ない事情があるときは代理人を出頭させることもできますが,原則として自ら出頭しなければなりません(民事調停規則8条1項)。
呼出しを受けた事件関係人が,正当な事由なく,期日に出頭しないときは5万円以下の過料が科されることがあります(民事調停法34条)。

 

(2)調停の進行

調停期日では,調停委員会が当事者等から事情を聴きながら,話合いによる解決の途を探っていきます。
調停手続は非公開で行われますので(民事調停法22条,非訟事件手続法30条),当事者等のプライバシー保護が図られています。

調停を進めるにあたって必要な資料は当事者が提出するのが基本ですが, 調停委員会等は事実の調査や証拠調べを行うことができますし(民事調停法12条の7,民事調停規則13条から17条),調停委員会は調停委員会を組織していない調停委員から専門的知識経験に基づく意見を聴取することもできます(民事調停規則18条)。

調停委員会は,当事者等からの事情聴取や事実の調査,証拠調べ等をした上で,調停案を提示し,当事者間の合意の成立を図ります。

 

4 終了

(1)成立

当事者に合意が成立したときは,その合意が調書に記載されることで,調停が成立します(民事調停法16条)。
調書の記載は,裁判上の和解と同一の効力を有しますので(民事調停法16条),確定判決と同一の効力を有します(民事訴訟法267条)。

 

(2)調停に代わる決定

裁判所は,調停が成立する見込みがない場合に相当であると認めるときは,民事調停委員の意見を聴き,当事者双方のために衡平に考慮し,一切の事情を見て,職権で,当事者双方の申立ての趣旨に反しない限度で,事件の解決のために必要な決定をすることができます(民事調停法17条)。この決定では,金銭の支払,物の引渡しその他の財産上の給付を命じることができます(民事調停法17条)。
当事者または利害関係人は,この決定に対し,当事者が決定の告知を受けた日から2週間以内に異議を申し立てることができ(民事調停法18条1項),適法な異議の申立てがあった場合には決定は効力を失いますが(民事調停法18条4項),申立てがないときは決定は裁判上の和解と同一の効力を有します(民事調停法18条5項)。

 

(3)不成立

調停委員会は,当事者間に合意が成立する見込みがない場合または成立した合意が相当でないと認める場合で,調停に代わる決定をしないときは,調停を不成立にして,調停を終了させることができます(民事調停法14条)。

 

(4)調停をしない旨の措置

調停委員会は,事件が性質上調停をするのに適切でないと認めるとき,または当事者が不当な目的でみだりに調停の申立てをしたと認めるときは,調停をしないものとして,事件を終了させることができます(民事調停法13条)。

 

(5)調停の申立ての取下げ

調停の申立ては調停事件が終了するまで,その全部または一部を取り下げることができます(民事調停法19条の2本文)。ただし,調停に代わる決定がされた後は相手方の同意を得なければ,取下げられません(民事調停法19条の2但書)。

 

(6)調停条項の裁定

宅地建物調停事件のうち地代借賃増減請求事件,商事調停事件,鉱害調停事件については,調停委員会は,当事者間に合意が成立する見込みがない場合または成立した合意が相当でないと認める場合に,当事者間に調停委員会の定める調停条項に服する旨の書面による合意(調停申立て後になされたものに限ります。)があるときは,申立てにより,事件の解決のために適当な調停条項を定めることができます(民事調停法24条の3第1項,31条,33条)。
この調停条項を調書に記載したときは,調停が成立したものとみなし,その記載は裁判上の和解と同一の効力を有します(民事調停法24条の3第2項)。この裁定については,不服申立てができません。

この裁定については慎重に行う必要があることから,調停委員会は調停条項を定めようとするときは,当事者双方を審尋しなければなりません(民事調停規則27条,34条,35条)。

 

七 民事訴訟との関係

1 付調停

受訴裁判所は,適当であると認めるときは,事件を調停に付した上,管轄裁判所または自ら処理することができます(民事調停法20条1項本文)。ただし,争点・証拠の整理が完了した後は当事者の合意が必要です(民事調停法20条1項但書)。

調停に付された場合,調停が成立したときや調停に代わる決定が確定したときは,訴えの取下げがあったものとみなされます(民事調停法20条2項)。

また,調停に付された場合,裁判所は調停事件が終了するまでは訴訟手続を停止することができます(民事調停法20条の3第1項本文)。ただし,争点・証拠の整理が完了した後は当事者の合意が必要です(民事調停法20条の3第1項但書)

例えば,建築紛争では,建築に対する専門的な知識経験が必要となることから,訴訟提起後,調停に付されることがあります。

 

2 賃料増減額請求事件

地代借賃増減請求事件については,調停前置主義がとられており,訴え提起する前に調停の申立てをしなければなりません(民事調停法24条の2第1項)。
調停の申立てをする前に訴えを提起した場合には,受訴裁判所は,調停に付すことが適当でないと認めるとき以外は調停に付します(民事調停法24条の2第2項)。

 

3 調停不成立等の場合の訴えの提起

調停が不成立になった場合や調停に代わる決定が異議申立てにより効力を失った場合,申立人がその旨の通知を受けたときから,2週間以内に調停の目的となった請求について訴えを提起したときは,調停の申立ての時に訴え提起があったものとみなされます(民事調停法19条)。
その場合,訴え提起時に納める手数料のうち,調停申立ての際に納めた手数料額に相当する額は納めたものとみなされます(民事訴訟費用法5条)。

【借地借家問題】賃料(地代・家賃)の増減額請求

2019-09-03

借地契約や借家契約において,現行の賃料(地代・賃料)の額が不相当となった場合には,賃貸人が賃借人に対し賃料の増額を請求することや,賃借人が賃貸人に対し賃料の減額を請求することができます。

 

一 賃料(地代・家賃)の増減額請求

1 賃料の増減額請求

借地契約や借家契約において,現行の賃料が不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって地代等の額の増減を請求することができます(借地借家法11条1項,32条1項)。

借地借家法11条1項,32条1項は強行規定であり,当事者は,現行の賃料が不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,賃料の増減請求をすることができます。
ただし,一定期間,賃料を増額しない旨の特約は有効であり,その旨の特約がある場合には,一定期間内,増額請求はできません(借地借家法11条1項但書,32条1項但書)。また,定期建物賃貸借契約については,賃料の増減請求を排除する特約も有効です(借地借家法38条7項)。

 

2 増減請求権の効果

賃料の増減請求権は形成権であり,増減請求の意思表示が相手方に到達した日から将来に向かって賃料を増減させる効果が生じます。

 

3 増減請求の意思表示

賃料増減請求の意思表示は口頭でも書面でもかまいませんが,請求の有無や相手方に到達した時期が争いとなるおそれがありますので,証拠を残しておくため,配達証明付きの内容証明郵便で請求しておいたほうがよいでしょう。

 

二 賃料が不相当となった場合

借地契約や借家契約において,現行の賃料が,事情の変更により不相当となったときは,賃料の増額請求や減額請求をすることができます。

賃料が不相当かどうかを判断する事情として,借地借家法11条1項では,借地契約の場合は①土地に対する租税公課の増減,②土地の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動,③近傍類似の土地の地代等との比較が例示されていますし,借地借家法32条2項では,借家契約の場合は①土地・建物に対する租税その他の負担の増減,②土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動,③近傍同種の建物の賃料と比較が例示されています。

賃料が不相当かどうかは,諸般の事情を考慮して判断されますので,現行の賃料額を定めた経緯や賃料額決定の重要な要素となっていた当事者間の個人的事情の変化等の事情も考慮されます。賃料を定めてから相当期間が経過したことも不相当かどうかを判断する事情の一つとはなりますが,賃料を定めてから相当期間が経過していなくても,その間に賃料が不相当となっていれば賃料増減請求ができます。

 

三 相当な賃料額

相当な賃料額は,不動産鑑定評価基準によって算出した継続賃料の額を基に,契約締結の経緯等諸般の事情を考慮して判断されます。継続賃料とは,継続中の契約の賃料改定等をする場合の賃料であり,新しく借りる場合の賃料(新規賃料)とは異なります。

賃料額を算定する手法としては,①利回り法(積算法),②賃貸事例比較法,③スライド法,④差額配分法等,様々な手法がありますが,専門的な知識が必要であり,不動産鑑定士に鑑定を依頼するのが基本です。
もっとも,鑑定費用がかかりますので,地代については,協議や調停のように当事者の合意により地代の額を決める場合には,固定資産税・都市計画税額に一定倍率を乗じて地代の額を算出する方法がとられることもあります。

 

四 増減請求の手続

賃料の増減請求の手続としては,①協議,②調停,③訴訟があります。
手続の流れとしては,①賃貸借契約の当事者の一方が他方に対し賃料の増減請求の意思表示をしてから,当事者で協議をして解決を図り,②協議で解決できない場合には,裁判所に調停の申立をして民事調停手続での解決を図り,③調停手続で解決できなかった場合には裁判所に訴訟提起をして民事訴訟手続で解決を図るのが原則です。

賃料増減請求事件については調停前置主義がとられているため,訴訟提起をする前に調停の申立をしなければならず(民事調停法24条の2第1項),調停の申立をせずに訴訟提起をした場合には,調停に付すことが適当でない場合を除いて調停に付されます(民事調停法24条の2第2項)。

 

五 増減請求を受けた場合の対応

1 賃貸人から賃料の増額請求を受けた場合の賃借人の対応

賃貸人が賃借人に賃料の増額請求をしてきた場合,賃借人は,これに同意できないときは,増額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の賃料を支払えば足ります(借地借家法11条2項本文,32条2項本文)。
ただし,裁判が確定したときに不足額があるときは,賃借人は不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付して支払わなければなりません(借地借家法11条2項但書,32条2項但書)。

 

2 賃借人から賃料の減額請求を受けた場合の賃貸人の対応

賃借人が賃貸人に賃料の減額請求をしてきた場合,賃貸人は,これに同意できないときは,減額を正当とする裁判が確定するまでは,相当と認める額の賃料の支払を請求することができます(借地借家法11条2項本文,32条2項本文)。
ただし,裁判が確定したときに超過額があるときは,賃貸人は超過額に年1割の割合による受領期からの利息を付して返還しなければなりません(借地借家法11条2項但書,32条2項但書)。

【交通事故】後遺症逸失利益と減収

2019-08-28

交通事故の被害者に後遺障害が残存する場合,後遺症逸失利益が損害となりますが,被害者の収入が減少していないときであっても,後遺症逸失利益は認められるでしょうか。

 

一 後遺症逸失利益と減収

1 差額説と労働能力喪失説

後遺症逸失利益とは,後遺症がなければ将来にわたって得られたであろう利益のことです。
逸失利益についての考え方としては,差額説と労働能力喪失説があります。

差額説は,事故前後の収入の差額を損害ととらえる考え方です。差額説によると,事故後に収入の減少がなければ逸失利益はないことになります。

これに対し,労働能力喪失説は,労働能力が喪失したこと自体を損害ととらえる考え方です。労働能力喪失説によると,減収がなくても逸失利益は認められることになり,減収の有無・程度は損害額評価の資料に過ぎないことになります。

判例は差額説の立場です(最高裁判所昭和42年11月10日判決,最高裁判所昭和56年12月22日判決)。
最高裁判所昭和56年12月22日判決では,後遺症の程度が比較的軽微であって,しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められない場合には特段の事情がない限り,労働能力の喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないとされています。
もっとも,同判決では,①事故前後で収入の変更がないことが,本人が労働能力低下による収入減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因によるものであり,これらの要因がなければ収入が減少していると認められる場合,②労働能力喪失の程度が軽微であっても,本人が現在従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし,特に,昇級,昇任,転職等で不利益な取扱を受けるおそれがあると認められる場合など特段の事情がある場合には財産上の損害が認められるとされています。

したがって,後遺症逸失利益は,後遺症による減収を損害とするものですが,将来における収入の減少が問題となりますので,損害賠償請求時点で減収していなくても,それだけで逸失利益が認められないということではありません。

 

2 後遺症逸失利益の計算式

後遺症逸失利益の額は「基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」の計算式で算定します。

この計算式は一見すると労働能力喪失説を前提としているものと思われますが,差額説の立場にたっても,将来にわたる収入の減少額を直接算定することはできませんので,このような計算式で後遺症逸失利益の額を算定することになります。

労働能力喪失率については,基本的には後遺障害等級表の等級に応じた喪失率となりますが,後遺症の部位,程度,被害者の職業,年齢,性別,事故前後の稼働状況,収入の減少の程度等,具体的な事情を総合して判断されますので,必ずしも後遺障害の等級に応じた喪失率とはなりません。被害者の職業や後遺症の内容によっては収入減少への影響が小さいものとして,労働能力喪失率が等級より低く認定されることもあります。逆に収入減少への影響が大きい場合には,労働能力喪失率が等級より高く認定されることもあります。

 

二 後遺症逸失利益が認められるかどうかの考慮要素

1 業務への支障の有無

後遺症により業務に支障が生じている場合には,現在,減収していなくても,将来,減収する可能性があるといえます。
そのため,後遺症により業務に支障が生じていることは,後遺症逸失利益を認める事情となります。

 

2 本人の特別の努力の有無

被害者が後遺症に耐えながら勤務したり,後遺症により能率が落ちた分,長時間勤務したりするなど,収入が減少しないように被害者が特別の努力をしていることは,後遺症逸失利益を認める事情となります。

 

3 勤務先の特別の配慮の有無

減収していないことが勤務先の特別な配慮による場合には,特別の配慮が将来も続くとは限りませんので,将来,減収する可能性があるといえます。
そのため,勤務先の特別の配慮により減収していないことは,後遺症逸失利益を認める事情となります。

 

4 昇給,昇格等で不利益な取扱を受けるおそれの有無

後遺症により昇給,昇格等で不利益な取扱を受けることは,収入の減少につながります。
そのため,後遺症により昇給,昇格等で不利益な取扱を受けるおそれがあることは逸失利益を認める事情となります。

 

5 転職,再就職で不利益な取扱を受けるおそれの有無

被害者が転職や再就職しようとした場合,後遺症により就職できなかったり,就職できても収入が低くなったりすることがあり得ます。
そのため,被害者が転職や再就職する可能性があり,その際,後遺症により転職や再就職で不利益な取扱を受けるおそれがあることは逸失利益を認める事情となります。

 

6 後遺症の内容

外貌醜状の場合や嗅覚障害の場合など,後遺症の内容によっては,労働能力に影響はなく,後遺症逸失利益が認められるか争いとなることがあります。

外貌醜状の場合,身体機能への影響はなくても,被害者が女性や営業職であるとき等,業務に支障が生じることがありますし,今後の就職に不利益が生じるおそれがありますので,具体的な事情によっては,後遺症逸失利益が認められます。

嗅覚障害の場合,嗅覚が影響しない仕事もありますが,料理人等嗅覚が影響する仕事では業務に支障が生じますし,嗅覚障害により就ける職種が限定される等,今後の就職に影響を与えることがありますので,具体的な事情によっては,後遺症逸失利益が認められます。

【お知らせ】令和元年夏季休業のお知らせ

2019-08-08

当事務所は、令和元年8月11日(日)から令和元年8月15日(木)まで、夏季休業とさせていただきます。8月16日(金)からは通常通り営業いたします。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。

【交通事故】むち打ち症(むち打ち損傷)

2019-07-30

追突事故の被害者がむち打ち症になることがありますが,その場合,被害者が損害賠償請求をするにあたって,どのようなことが問題となるのでしょうか。

 

一 むち打ち症(むち打ち損傷)とは

むち打ち症(むち打ち損傷)とは,自動車に追突された場合等,頸部に急激な外力が加わったことによる頸部の過伸展と過屈曲によって生じる症状(損傷)のことです。鞭を打ったときに鞭がしなる様子に似ていますので,むち打ち症といいます。頸椎捻挫や頸部捻挫ともいわれます。
症状として,頸部痛,頭痛,めまい,しびれ等があります。

 

二 治療関係費

1 受傷の有無,治療の必要性・相当性

むち打ち症については,軽微な追突事故でも発生する場合がありますし,他覚的所見に乏しく,自覚症状だけの場合や,症状が続き,治療が長期化する場合があります。そのため,本当に受傷したのかどうか争いになることがありますし,受傷したのだとしても,治療の必要性・相当性があるのかどうか,事故との相当因果関係の有無が争いになることがあります。
相当因果関係の有無については,①被害者の主訴の内容,②医師の診断,MRIやレントゲン等の画像や検査結果,治療の経過,③交通事故の態様(追突時の車両の速度,車両の損壊の程度等)等,様々な要素から判断されることになりますので,争いとなった場合には,損害を主張する被害者の側で,受傷の事実や治療の必要性・相当性を主張・立証しなければなりません。

治療期間についても,事故と相当因果関係のある期間の治療費が損害と認められますので,相当因果関係のある治療期間を超えて治療を受けても,治療費の全額が損害とは認められません。

 

2 症状固定

被害者は症状が完全になくなるまで治療を受け続けることができるわけではなく,治療を続けてもこれ以上の症状改善が望めない場合には,症状が固定したものとして,治療終了となり,あとは後遺障害が認定されるかどうかの問題となります。

症状固定日後の治療費は原則として損害とは認められないこと,休業損害や入通院慰謝料も症状固定日までの期間しか認められないこと,自覚症状があっても必ずしも後遺障害の等級認定がなされるわけではないことから,症状固定日がいつになるかは損害賠償額に大きく影響します。

保険会社が治療費の立替払いをしている場合,治療が長期化すると,保険会社から症状固定を主張され,治療の打ち切りを求められることがあり,治療を続ける必要があるか,症状固定とするか争いとなることがあります。

 

3 柔道整復(接骨院,整骨院),マッサージ等の施術費

むち打ち症の被害者が,柔道整復(接骨院,整骨院),マッサージ等の施術を受けることがあります。
その場合,施術が症状の改善に有効で相当であれば,施術費が損害と認められます。医師の指示がある場合には,損害と認められやすいです。

 

三 傷害慰謝料(入通院慰謝料)

他覚的所見のないむち打ち症については,軽傷であることから,通常の傷害の場合よりも慰謝料額が低くなります。
民事交通事故訴訟における損害賠償額の基準である赤い本でも,入通院慰謝料は別表Ⅰを用いて算定するのが原則ですが,他覚的所見のないむち打ち症の場合には,別表Ⅰより金額が低い別表Ⅱを用いて算定します。

 

四 後遺障害の等級認定

むち打ち症が後遺障害となる場合の等級については,①12級13号「局部に頑固な神経症状を残すもの」,②14級9号「局部に神経症状を残すもの」があります。また,自覚症状があっても,非該当と判断されることがあります。

 

1 12級13号

12級13号の後遺障害が認定されるかどうかは,障害の存在が医学的に証明できるものであるかどうかで判断されます。
医学的に証明できる場合とは他覚的所見が存在する場合です。具体的には,症状固定時に残存する自覚症状と画像検査・神経学的検査における他覚的検査所見との間に医学的な整合性が認められる場合であり,①画像から神経圧迫の存在が考えられ,②圧迫されている神経の支配領域に知覚障害等の神経学的異常所見がある場合をいいます。

 

2 14級9号

14級9号の後遺障害が認定されるかどうかは,障害の存在が医学的に説明可能なものであるかどうかで判断されます。
医学的に説明可能な場合とは,医学的な証明まではできていないけれども,受傷の状況や治療の経過等から,症状が交通事故によるものであることが医学的に説明できる場合をいいます。

 

3 非該当

自覚症状があっても,画像上の異常がなく,神経学的異常所見もない場合には,非該当と判断されがちです。

適切な後遺障害の等級認定を受けるには,きちんと病院に通院し,画像撮影(レントゲン,CT,MRI等)や神経学的検査(ジャクソンテスト,スパーリングテスト,筋萎縮や反射の検査等)をしてもらい,後遺障害等級認定診断書に自覚症状や検査結果等について詳細な記載をしてもらうことが大切になります。

 

五 後遺症逸失利益

むち打ち症で後遺障害が認定された場合,後遺症逸失利益が損害となります。
後遺症逸失利益は「基礎収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数」の計算式で算定し,労働能力喪失期間は症状固定日から67歳までとするのが原則ですが,むち打ち症の場合には後遺症が永続するかどうか明らかではないため,労働能力喪失期間が限定される傾向にあります。
むち打ち症の後遺障害の場合,12級で10年程度,14級で5年程度に制限される場合が多いですが,期間については具体的症状に応じて判断されます。

 

六 素因減額

むち打ち症の場合,事故自体は軽微であったのに,被害者の精神的な要因や事故前からの病気により,治療が長期化したり,通常よりも症状が重くなったりすることがあります。
そのような場合,事故と損害との間の相当因果関係の有無が争いになることがあります。また,相当因果関係が認められるとしても,被害者の精神的性質(心因的要因)や疾患,既往症(身体的要因)といった被害者の素因があるために交通事故による損害が発生・拡大した場合には,加害者に損害の全部を賠償させるのは公平ではないため,民法722条の過失相殺の規定を類推適用して,損害賠償額が減額(素因減額)されることがあります。

【相続・遺言】不動産の遺贈と所有権移転登記

2019-07-24

不動産が遺贈された場合に,受遺者名義に所有権移転登記手続をするには,どうすればよいでしょうか。

 

一 遺贈による所有権の移転

遺贈には,包括遺贈(遺産の全部または一定割合を対象とする遺贈)と特定遺贈(特定の財産を対象とする遺贈)があり,いずれも,被相続人が死亡し,遺言の効力が発生したときに,遺言の対象となる財産の所有権が受遺者に移転します。

 

二 登記が被相続人名義の場合

1 共同申請

(1)遺言執行者がいない場合

遺言執行者がいない場合には,受遺者を登記権利者,相続人全員を登記義務者として,所有権移転登記手続の共同申請をします。
相続人全員の申請が必要となりますので,一部の相続人の申請では登記できません。

 

(2)遺言執行者がいる場合

遺言執行者がいる場合には,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができませんので(民法1013条),相続人を登記義務者として所有権移転登記手続をすることができません。
そのため,所有権移転登記手続は,受遺者を登記権利者,遺言執行者を登記義務者とする受遺者と遺言執行者の共同申請で行います。
遺言執行者がいるのに,受遺者と相続人が所有権移転登記手続をした場合には,登記は無効となります。

 

2 所有権移転登記手続訴訟

遺言執行者または相続人全員が所有権移転登記手続の共同申請に応じない場合,受遺者は,遺言執行者または相続人全員を被告として,所有権移転登記手続訴訟を提起しなければなりません。
遺言執行者がいる場合には,遺言執行者が被告となります。遺言執行者がいる場合,相続人は被告適格を有しませんので,相続人を被告とした訴えは却下されます。
遺言執行者がいない場合には,相続人全員を被告として訴え提起します。

請求の趣旨は「被告(ら)は,原告に対し,別紙物件目録記載の不動産につき,○○年○○月○○日遺贈を原因とする所有権移転登記手続をせよ」となります。日付は被相続人が亡くなった日です。
請求認容判決が確定すれば,受遺者は,単独で所有権移転登記手続をすることができます。

 

三 遺贈の登記の前に相続人名義の登記がなされた場合

遺言の効力発生時に不動産の所有権は受遺者に移転しています。
また,相続人は被相続人の包括承継人であり,民法177条の「第三者」にはあたりませんので,相続人と受遺者は対抗関係にはなりません。
そのため,遺贈の登記をする前に相続人名義の登記がなされた場合には,相続登記の抹消登記手続をしてから,遺贈を原因とする所有権移転登記手続をすることができます。

遺言執行者がいる場合には,抹消登記手続については,遺言執行者は,遺言の執行に必要な行為として,登記名義人に対し抹消登記手続を求めることができます。また,受遺者は,遺言執行者がいる場合であっても,所有権に基づく妨害排除請求として,抹消登記手続を求めることができます。
また,所有権移転登記手続については,遺言執行者がいる場合には,受遺者と遺言執行者の共同申請で行います。

 

四 遺贈の登記の前に第三者名義の登記がなされた場合

1 遺言執行者がいない場合

受遺者に登記がなされる前に相続人が第三者に不動産を譲渡して,第三者名義の登記がなされた場合,民法177条により受遺者と第三者は対抗関係にありますので,登記のない受遺者は遺贈による不動産の取得を第三者に対抗することができません。

 

2 遺言執行者がいる場合

(1)相続法の改正前

遺言執行者がいる場合には,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(改正前の民法1013条),相続人に処分権はありませんので,相続人が第三者に不動産を譲渡しても無効となります。
そのため,受遺者は,登記がなくても,遺贈による不動産の取得を第三者に対抗することができます。その場合に,受遺者名義の登記をするには,遺言執行者または受遺者が登記名義人と抹消登記手続をしてから,受遺者と遺言執行者の共同申請で遺贈を原因とする所有権移転登記手続をすることができます。

 

(2)相続法の改正後

相続法の改正により,民法1013条は改正されました(2019年7月1日より施行)。
改正後の民法1013条では,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(改正後の民法1013条1項),違反した行為は無効となりますが(改正後の民法1013条2項本文),善意の第三者には対抗できませんし(民法1013条2項但書),相続人の債権者(相続債権者を含みます。)が相続財産についてその権利を行使することは妨げられません(民法1013条3項)。
そのため,第三者が善意の場合や相続人の債権者(相続債権者を含みます。)の場合には,登記のない受遺者は遺贈による不動産の取得を第三者に対抗することができません。

【相続・遺言】相続法改正 遺言執行者の権限等の改正

2019-07-13

相続法の改正により,遺言執行者の権限等について改正されました。
改正法については2019年7月1日より施行されています。

 

一 遺言執行者とは

遺言の効力発生後に遺言の内容を実現する行為のことを遺言の執行といい,遺言の執行を行う人のことを遺言執行者といいます。
遺言執行者がいる場合としては,遺言で指定される場合(民法1006条)と家庭裁判所により選任される場合があります(民法1010条)。遺言執行者は相続人でもなることができますが,未成年者及び破産者は,遺言執行者となることができません(民法1009条)。

改正前は,民法1012条1項の「遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」との規定や民法1015条の「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす。」と規定はありましたが,遺言執行者の権限や法的地位について条文上明確ではなく,判例等により解釈されてきました。
そこで,相続法の改正により,条文上,遺言執行者の権限等が明確化されました。

 

二 遺言執行者の法的地位

改正前の民法1015条では,「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす。」と規定されていましたが,遺言執行者は相続人の利益のためだけに行動するわけではなく,遺言の内容を実現するため行動しますので,遺言執行者と相続人との間でトラブルになることがあります。
そこで,遺言執行者を相続人の代理人とみなすとの規定を改めて,改正後の民法1015条では「遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は,相続人に対して直接にその効力を生ずる。」と規定されています。
また,その一方で,民法1012条1項を「遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。」と改正し,遺言の内容を実現することが遺言執行者の職務であることを明確にしました。

 

三 遺言執行者の通知義務

改正前は,遺言執行者が通知義務を負うとの規定はありませんでしたが,相続人は遺言の内容や遺言執行者がいるかどうかについて重大な利害関係を有しますので,改正により,遺言執行者は,その任務を開始したときは,遅滞なく,遺言の内容を相続人に通知しなければならなくなりました(民法1007条2項)。

なお,改正後の民法1007条2項は,施行日前に開始した相続に関し,施行日以後に遺言執行者になった場合にも適用されます(附則8条1項)。

四 遺贈の履行

改正前は,遺贈の場合の遺言執行者の権限について規定がありませんでしたが,判例等で,遺言執行者がいる場合には遺言執行者のみが遺贈を履行する義務を負うと解されてきました。
改正により,「遺言執行者がある場合には,遺贈の履行は,遺言執行者のみが行うことができる。」と規定され(改正後の民法1012条2項。改正前の民法1012条2項は改正後は民法1012条3項となります。),遺言執行者がいる場合には遺言執行者のみが遺贈義務者になることが明文化されました。
例えば,不動産が遺贈された場合,遺言執行者がいるときは,遺言執行者が登記義務者となり,受遺者と遺言執行者の共同申請で所有権移転登記手続をします。

なお,改正後の民法1012条は,施行日前に開始した相続に関し,施行日以後に遺言執行者になった場合にも適用されます(附則8条1項)。

 

五 遺言執行の妨害行為の禁止

改正前の民法1013条は「遺言執行者がある場合には,相続人は,相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為することができない。」と規定しておりましたが,違反した場合の効果について規定はありませんでした。判例では,違反行為は絶対的無効であると解されていましたが,取引の安全が害されるおそれがありましたので,改正により,違反行為は絶対的無効ではなく,相対的無効であると規定されました。
改正後の民法1013条では,相続人は,遺言の対象となった相続財産について,処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができず(改正後の民法1013条1項),違反した行為は無効となりますが(改正後の民法1013条2項本文),善意の第三者には対抗できませんし(民法1013条2項但書),相続人の債権者(相続債権者を含みます。)が相続財産について権利を行使することは妨げられません(民法1013条3項)。

 

六  特定財産承継遺言(相続させる旨の遺言)がされた場合

1 対抗要件

改正前は,判例上,相続させる旨の遺言による権利の承継については,対抗要件の具備がなくても第三者に対抗できるとされていましたし,権利を承継した相続人の単独申請で登記ができるので,遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務もないとされていました。
しかし,改正により,相続させる旨の遺言(改正後は「特定財産承継遺言」といいます。)による権利の承継についても,取引の安全の観点から,法定相続分を超える権利の承継を第三者に対抗するには対抗要件の具備が必要となりました(民法899条の2)。
そのため,特定財産承継遺言による権利の承継がされた場合に対抗要件を備えるために必要な行為をすることについても,遺言者が別段の意思表示をした場合を除いて,遺言執行者の権限に含まれることになりました(改正後の民法1014条2項,4項)。

 

2 預貯金債権の場合

改正前は,相続させる遺言の対象財産が預貯金債権の場合,遺言執行者が預貯金の払戻しや解約ができるかどうか規定はありませんでしたので,金融機関とトラブルになるおそれがありました。
改正により,遺言者が別段の意思表示をした場合を除き,遺言執行者は,対抗要件を備えるために必要な行為のほか,預貯金の払戻請求ができますし,預貯金債権全部が特定財産承継遺言の目的であるときには解約の申入れができることになりました(改正後の民法1014条3項,4項)。

なお,改正後の民法1014条2項から4項は,施行日前にされた遺言に係る遺言執行者の執行には適用がなく,旧法が適用されます(附則8条2項)。

 

七 遺言執行者の復任権

改正前は,遺言執行者は,原則として,やむを得ない事由がなければ,第三者にその任務を行わせることができないとされていましたが(改正前の民法1016条1項),遺言執行者は相続人がなることもでき,遺言執行者に十分な法律知識がない場合もありますので,専門家等の第三者に任務を行わせる必要性があります。
改正後は,遺言執行者は,遺言執行者が遺言で別段の意思表示をした場合を除き,自己の責任で第三者にその任務を行わせることができるようになりました(改正後の民法1016条1項)。また,第三者に任務を行わせることについてやむを得ない事由があるときは,遺言執行者は,相続人に対し選任・監督についての責任のみを負います(改正後の民法1016条2項)。

なお,改正後の民法1016条は,施行日前の遺言に係る遺言執行者の復任権については適用がなく,旧法が適用されます(附則8条3項)。

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