【交通事故】民法改正(債権法改正)の影響

2020-05-14

民法の債権法が改正され,令和2年(2020年)4月1日に施行されました。民法改正により,交通事故の損害賠償請求事件にも様々な影響が生じますので,主な点について説明します。

一 消滅時効

1 時効期間

(1)民法724条

改正後の民法724条により,不法行為による損害賠償請求権は,①被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき(同条1号),②不法行為の時から20年間行使しないとき(同条2号)は,時効によって消滅します。
①については改正前と同じです。②については,改正前は除斥期間と解されてましたが,改正により時効期間となりました。

(2)民法724条の2

改正により新設された民法724条の2により,人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権については,民法724条1号の期間は3年間ではなく,5年間となります。

民法724条の2の規定は,施行の際に既に時効が完成していた場合には適用がないとされていることから(附則35条2項),施行時に未だ消滅時効が完成していない場合には適用されます。

(3)人損の時効期間

人損については,民法724条の2により,損害賠償請求権の消滅時効期間は5年に延びました。
附則35条2項により,施行日前の交通事故であっても,施行時に時効が完成していなければ,民法724条の2が適用され,時効期間は5年となります。

また,運行供用者責任(自賠法3条)についても,民法の規定が適用されますので(自賠法4条),民法724条の2が適用されます。

(4)人損以外の時効期間

民法724条の2が適用されるのは人損に限られますから,物損については民法724条1号により,3年のままです。

また,自賠責保険の被害者請求(自賠法16条1項)や仮渡金の請求(自賠法17条1項)の時効期間は,被害者又はその法定代理人が損害及び保有者を知った時から3年ですし(自賠法19条),政府の保障事業への請求権(自賠法16条4項,17条4項,72条1項)の時効期間は,行使することができるときから3年です(自賠法75条)。
保険金請求権の時効期間については,行使することができるときから3年です(保険法95条1項)。

2 協議を行う旨の合意による時効の完成猶予

(1)時効の更新,時効の完成猶予

改正により,「時効の中断」と「時効の停止」の規定が見直され,「時効の更新」と「時効の完成猶予」の規定になりました。

(2)協議を行う旨の合意による時効の完成猶予

民法改正により,協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の制度(民法151条)が新設されました。

権利についての協議を行う旨の合意が書面(電磁的記録を含みます。)でされたときは,①合意があったときから1年を経過したとき,②協議を行う期間(1年に満たないものに限ります。)を定めたときはその期間を経過したとき,③当事者の一方が他方に対し協議続行を拒絶する旨の書面(電磁的記録を含みます。)による通知をしたときから6か月を経過したときのいずれか早い時期まで,時効の完成が猶予されます(民法151条1項,4項,5項)。
猶予期間中に再度の合意をすることで,さらに時効の完成を猶予させることができますが,通算で5年を超えることはできません(民法151条2項)。
また,催告による時効完成猶予と協議を行う旨の合意による時効の完成猶予は併用することができません(民法151条3項)。

交通事故の損害賠償請求事件では,治療が長引く等の理由で解決までに時間がかかることがあります。これまでは示談交渉中に時効の完成が近づいた場合には,時効の完成を阻止するため裁判上の請求等の手段をとらなければなりませんでしたが,協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の制度を利用することにより,これらの手段をとる負担を避けることができるようになりました。

なお,示談交渉の内容によっては,相手方が損害賠償請求権を認めたものとして,権利の承認による時効の更新(民法152条)が認められることがあります。

二 法定利率

1 法定利率

改正前の民事法定利率は年5%に固定されていましたが,改正により,法定利率は,当面は年3%とし,3年ごとに見直されることとなりました(民法404条)。
また,適用される法定利率は,利息が生じた最初の時点の法定利率となることから(民法404条1項),一旦適用される法定利率が決まれば,その後に法定利率が変動しても,適用される利率は変動しません。

なお,改正された民法404法が適用されるのは,施行日後に利息が生じた場合です。改正法施行日前に利息が生じた場合は改正前の法定利率となります(附則15条1項)。

2 遅延損害金

改正後の民法419条1項では,金銭債務不履行の損害賠償額の利率については,債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率(約定利率が法定利率を超えるときは約定利率)となると規定されています。
なお,改正後の法定利率が適用されるのは,施行日後に遅滞となった場合です。改正法の施行日前に遅滞となっている場合には,遅延損害金の法定利率は改正前の法定利率となります(附則17条3項)。

不法行為の場合は不法行為時から遅延損害金が発生するものと解されていますので,交通事故の損害賠償請求事件の遅延損害金については事故日の法定利率が適用されます。

3 中間利息の控除

(1)民法417条の2

民法改正により,中間利息の控除についての規定が新設されました(民法417条の2)。
将来において取得すべき利益についての損害賠償額を定める場合に利益を取得すべき時までの利息相当額を控除するときは,損害賠償請求権が生じた時点の法定利率を用います(民法417条の2第1項)。
また,将来において負担すべき費用についての損害賠償額を定める場合に費用を負担すべき時までの利息相当額を控除するときも損害賠償請求権が生じた時点の法定利率を用います(民法417条の2第2項)。
なお,民法417条の2の規定が適用されるのは,改正法の施行日後に生じた将来において取得すべき利益または負担すべき費用についての損害賠償請求権についてです。改正法の施行日前に生じた将来において取得すべき利益または負担すべき費用についての損害賠償請求権には適用されません(附則17条2項)。

民法417条の2は,不法行為による損害賠償請求についても準用されます(民法722条)。

(2)逸失利益,将来介護費用

交通事故の場合,死亡逸失利益,後遺症逸失利益,将来介護費用の額を算定する際,中間利息の控除を行います。
改正前は年5%で中間利息を控除していましたが,改正法が適用される場合には,施行当初は年3%で中間利息を控除することになります。

例えば,交通事故被害者が年収600万円,労働能力喪失率20%,労働能力喪失期間20年の場合,年5%で中間利息を控除するときはライプニッツ係数は12.4622となり,後遺症逸失利益の額は,1495万4640円(=600万円×0.2×12.4622)となりますが,改正法が適用され,年3%で中間利息を控除するときには,ライプニッツ係数は14.8775となるため,後遺症逸失利益の額は1785万3000円(=600万円×0.2×14.8775)となります。

(3)適用される利率の基準時

適用される法定利率は損害賠償請求権が生じた時点の法定利率です(民法417条の2)。
交通事故の損害賠償請求権は事故日に発生しますので,適用される法定利率は事故日の法定利率となります。
例えば,施行日前に事故が発生し,施行日後に症状固定した場合,後遺症逸失利益は年5%で中間利息を控除して算定することになります。
なお,いつの時点の利率を適用するのかということとは別に,いつの時点から中間利息を控除するのかという問題がありますが,後遺症逸失利益の場合,症状固定日を基準時として中間利息を控除するのが通常です。

三 相殺の規定の改正の影響

改正前の民法509条では,不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺を一律に禁止していました。
交通事故の当事者双方が損害を被った場合,当事者双方に過失があれば,お互いに損害賠償請求権を有することになりますが,民法改正前は,損害賠償請求権を相殺することはできませんでした(ただし,当事者が合意により相殺することはできました。)。

これに対し,改正後は,不法行為によって生じた債権を受動債権とする相殺がすべて禁止されるわけではなく,①悪意による不法行為に基づく損害賠償債務,②人の生命・身体の侵害による損害賠償債務(不法行為に基づくものだけでなく,債務不履行に基づくものを含みます。)を受働債権とする相殺が禁止されることになりました(債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときを除きます。)。
そのため,改正法が適用される場合には,人損については,これまでどおり相殺が禁止されますが,物損については悪意によるものではない限り,相殺することができることになりました。

なお,改正法施行日前に債権が生じた場合,その債権を受動債権とする相殺については,改正前の民法509条が適用されますので(附則26条2項),施行日後に発生した事故について,改正法が適用されます。

四 まとめ

以上のとおり,交通事故の損害賠償請求事件では,民法改正により①人損について消滅時効期間が5年になったこと,②協議を行う旨の合意による時効の完成猶予の制度(民法151条)が新設されたこと,③法定利率が変更され,遅延損害金,中間利息の控除額が変わったこと,④物損について相殺ができるようになったことが,改正前との大きな違いです。

 

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